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□胸の奥の甘い傷痕
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『深波、』


耳元で名前を呼ばれた。
目を開けるにはまだまだ眠くて、緩く身動ぐ。


『まだ眠いのか?』


その声に頷けば、髪を梳かれた。その手に擦り寄れば、少し笑われた。


懐かしい夢。
別れた頃は良くこの夢を見た。
まるで、目覚めた後に誰も俺の隣になど居ないのだと言うかのように。



「最悪だ…。」



寝起きも夢見も最悪。
それもこれもきっと昨夜の高校生達のせいなのだろう。
必死に閉じ込めたモノをじわじわと引っ張り出してきた、中野と常盤。

これっきりだと思っていたのに、黒川深波と名乗った途端目の色を変えた中野によって番号とメアドまで交換させられてしまった。
この最悪度は寝起き・夢見だけでは済まないかもしれない。

朝が弱い俺はゆっくり起き上がる。欠伸をしながら枕元に置いてある携帯に手を伸ばすと受信メールが二件。

俺があまりメールが好きじゃないのは何故か誰もが知っていて、俺の携帯がメールを受信する機会は中々ない。

首を傾げて開けば、意外な人物からのメール。


内容も読まない内から携帯を持つ手が震えて、眠気なんて一瞬で吹き飛んだ。


北見 洸希


あの日から、お互いに連絡を交わした事は一度もない。二年経った今も変わらない連絡先に渇いた笑いが溢れる。

そういうこと。
二人とも未練がましくて、お互いに執着している。
忘れられないのはお互い様、誰も俺達を笑えない。
そういうこと。

そういうことのように、思えた。しかしそれは醜い期待だった。

【来週の日曜、〇●ホテルでの会合ではよろしく。】

素っ気ない一文に葛藤の影は見てとれない。

なんだそれ。
なんだよ、それ。

期待してるのは俺だけだと思い知らされた。
会合で北見と一緒になるのは初めてで、洸希にしてみれば昔仲の良かった奴が来るので言ってみた、だけ。
お前を好きな俺は、些細な物からでもお前の気持ちを読み取れる。


もう一件のメールを開けば常盤香貴の文字。

【泣くなよ】

洸希よりずっと素っ気ないその一言が、洸希よりずっと上手く俺の心拍数を上げた。






胸の奥の甘い傷痕






初めは誰もが俺に優しくする。
立場があるからか、顔がいいからか…理由はいくらでも見つかる。
洸希は違うと信じていたかった。
今更、追い討ちをかけるように突き放さなくたって俺はお前を求めはしないのに。


メールまで同じタイミングの彼等は、別々の温度で俺を振り回す。


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