t i t l e

□僕を止どめる君の声
1ページ/1ページ




深紅のマフラーと同じ名を持つ彼等。
フルネームは中野和馬と常盤香貴と言うらしい。
道端で偶然会っただけの人の名前が何故分かるかと不思議に思われるかもしれない。
事実、俺だって不思議に思っている。

驚きで顔を上げた俺に安堵したのか、和馬はニコニコ笑って俺の手を引いた。


「お兄さん、お茶でもしよっか?」

「…は、?」

「またお前は突拍子もねぇ事を…。」


知り合いに偶然会ったわけではない。正真正銘俺達は初対面だ。
一緒にお茶する理由も無ければそんなに打ち解けた仲でもない。
愛想の良い少年の隣で重苦しく溜め息を吐いて呆れ顔をした彼の様子を見るに、和馬と呼ばれた少年はいつも突拍子がないらしい。


「だって見てよコウキ。こんな綺麗なお兄さんが泣きながら一人で歩ってたら危ないって。」

「普通は男は襲われねぇから平気だ。」

「こんだけ綺麗なら例外だよ!」


俺の手を握る力が強まり、分かりやすく感情を露にする少年。そんな彼を諌めようとしていた筈の少年も、最後の一言に反応してまじまじと俺の顔を見てきた。

俺も背が高い部類だと思うが、彼は俺より背が高かった。

彼の男らしく整った顔に、艶めく黒曜石が美しく煌めいた。


「一理ある。」


そう言って半ば奪うようにしてマフラーを巻いた少年から俺の手を自分のそれと重ねた。

強引な仕草で手を引かれた俺の後ろでふてくされたように愚痴を溢す少年をまるっきりシカトして人混みを進む。


何歳も自分より下だろう彼の背中は薄くて頼りない俺よりずっと大きくて頼もしくて、どこか洸希に似ていた。
離せと振りほどけないのは、彼の中に薄く浮かぶ洸希を見ているからだ。

身長 背中 熱い手。
意識しているのは俺だけだろうか。
絡む指が過去の記憶を掘り起こしてあの瞬間の熱を呼び戻す。
大きな手に安心して、ずっと洸希の背を見て歩いていた。
十年間、ずっと。


彼の結婚が決まった時は、心臓が凍ったようだった。
駆け落ち、するか?と哀しく囁いたあの声に首を振ったのは俺で、掴まれた腕を振り払ったのも俺だ。

誰かと共有するなんて堪えられなかった。
深波が一番だと甘く囁いた口で違うと誰かに口付けるのが嫌だった。
優しく背を支える腕で俺以外の誰かを抱くんだと思ったら、死にたくなった。

洸希の結婚式が終わったら死ぬつもりだった。
彼以外の誰もいらないのに、彼は手に入らない。
俺も彼も悪くない。洸希を手に入れたあの女さえ、悪くないのだ。

数十分前に、最後だと言ってキスをした唇は俺の目の前で違う女のモノになった。


あんな思いは二度としたくない。
だから次は女の人と恋に落ちようと二年前に決めたのだ。


なのに、

ゆっくりと色付いていく世界が今、俺を誘惑している。


違う。と言い聞かせた。
この手を引くのも、前にある背中も彼のものではない。

違うのだ。


「あんた、また泣いてる。」


不意に振り返って、無邪気に笑った彼に俺もゆっくり笑った。






僕を止どめる君の声







違うのだ。
その笑顔さえアイツと重なる彼はアイツじゃない。
繋がれた手から熔け出した激情は俺の中を巡る。

その手を振り払ってしまいたい衝動を、俺は必死に笑顔で隠した。


.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ