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□悲しいんじゃない、切ないんだ
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会社を出て、ネオンが眩しい街に目を細めた。
マフラーの隙間から吐いた息は白く上って澄んだ空気に溶けた。
寄り添うように歩くカップル達の間を上手くすり抜けながら家路を急ぐ。
誰が待っているわけでもない広く殺風景な部屋だが、寒さが苦手な俺は息も凍りそうな街から逃げるように駅までの道をひたすら歩く。
今年で27になる俺は未だに広々とした高層マンションに一人で住む、彼女もいない寂しい男だった。
最愛の友人の結婚式から二年たった今でも、俺はあの場所から一歩も動けていない。
たった一歩の距離に怯えて、付かず離れずの人間関係を築く内に友達なんて居なくなっていた。
今の俺を見て、洸希は笑うだろうか。
まだ引き摺っているのかと呆れるだろうか。
「深波様。」
人混みから困った様な声が俺を呼び、毎日繰り返されるそれに苛立ちながら振り向けば案の定、下がった眉が情けない父の第2秘書がオロオロしながら立っていた。
「俺は電車で帰る。送迎は要らないと言ってるだろ。」
「ですが、深波様お一人でお帰りになるのは…」
「今さらだろ。」
危険だとでも言うのだろうか。
二年前からずっと送迎車には乗っていない俺に今更危険も何も無いだろう。
気の弱い秘書は俺の後ろで お気をつけて、と呟いて礼をした。
周囲の目を引くのも構わずに俺は何も言わずに立ち去った。
ドクリと心臓が鳴り、うっすら汗さえかいたように感じるのはあの秘書のせいだ。
チラチラと視界の端に移る深紅のマフラー。
俺にとってそれは洸希がしていたソレと重なり、無意識に目が追っては違うと首をふる。
いつもは下を向いて出来るだけ見付けないようにしているのに、どうしてか今夜は完璧にタイミングを失ってしまった。
「ねぇお兄さん、どうしたの?」
どうしようかと暗い空を仰ぐと、手を引かれて意識を人混みに戻される。
まず目に入ったのは深紅のマフラー、茶髪。
それだけで酷く心を揺さぶられた。ハッとして顔を見るも、洸希には似ても似つかない童顔。
高校生だろうか。
そんな事を思う自分さえ惨めで苦しくて目を伏せれば少年は焦ったように騒ぎだした。
「ちょ、お兄さん泣かないで!何で!?何で泣くの!!??」
「うるせーよ和馬。」
人の目は気にならない。
注目を浴びるのには慣れていたし、そういう環境に長くいたから。
ただ、目の前の幼い少年は違うだろう。
袖で強く涙を拭えば、まだ顔も見ていない少年に泣きそうに呼びかける少年の声がした。
「だってコウキ、お兄さん泣いてる!」
「コウ、キ?」
ぴたりと泣き止んだ俺にきょとんとした目を向けた少年の隣に立つ人。
会話からして同い年なのだろう二人は全く別のオーラを醸していた。
幼く可愛らしい少年とは対象的に背が高く男らしい。顔もいくらか大人びていて芸能人のように華のある少年。
「そ、そう!香るに貴いで香貴!」
「だから貴い香りって言えっつってんだろ。」
深紅のマフラーを身に付けた少年、和馬と洸希と同じ名前を持つ香貴。
出会ったのは街の片隅、夜に差し掛かった辺りだった。
悲しいんじゃない、切ないんだ
忘れ難いアイツを思い出して、一人泣く夜が切ない。
この胸の軋みは悲しみではなく、浅はかな自己主張の一種に違いないのだ。
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