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□理由のない愛
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『これで最後だ。』
真っ直ぐに俺を見て、10年付き合った恋人は哀しそうに笑った。
それに胸が締め付けられて、思わず泣きそうになった。
別室に待機している新婦に罪悪感は微塵も感じなかった。
人払いをした控え室で、深い最後の口付けに応えるだけで精一杯だった。
離れようとする唇に追い縋り、もっと、とねだるように舌を差し出した。
私立の幼稚舎から大学までエスカレーター式の全寮制男子校に通っていた俺達は高校二年の夏に付き合い始めた。
お互い約束された将来がある身。こうなることは分かっていたはずだった。
「ん…は、ァ。」
こいつと結婚する女性は大手レコード会社のご令嬢。
いわゆる政略結婚ってヤツだ。
流れた涙は息苦しさからくるもので、決して未練がましい想いの塊ではない。
いっそ、このキスで殺してくれれば良いのに。
息をする間も与えずに俺を喰い散らかしてお前と一つになれればどんなにいいか分からない。
『会いに行こうか?』
そう言ったこいつを突き放したのは俺。
『冗談。人のモン取る趣味はねぇよ。』
必死に強がる自分が滑稽だった。
あの時、泣きそうだったのはバレていないだろうか。笑おうとして失敗したのに気付かれてはいないだろうか。
「は、ぁ…洸、希。」
離されたこのキスが最後。
俺達は長い恋に終止符を穿った。ともすれば破り捨ててしまいそうな心に忘れ難い傷を残すように深々と、何度も同じ場所へ。
「おめでとう。」
「ありがとう、深波。」
無理に笑った俺に合わせて洸希もぎこちなく笑った。
一歩、少し大きめに下がれば【友人】の距離感が生まれる。
たった一歩で消えてなくなる空間にどうしようも無くなった。
「お幸せに…。」
消え入りそうなその言葉に、俺達は揃って目を伏せた。
次は、健全な恋をしよう。
固く握りしめた手に伸ばしたままの爪が食い込んで、痛みが俺を引き止めた。
結ばれて幸せになれる、優しい恋を。
最愛の友人と知らない人が誓いのキスを交わす姿を見て、俺は呆然とそれだけを思った。
理由のない愛
好きだ、好きだ、好きだ。
涙になって現れた感情は、もう二度と君に伝える事は無いでしょう
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