愛されて愛されて。

□愛されて愛されて。13
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胸の辺りがきゅうと締め付けられる感覚がする。それは彼女の事を考えているからだろうか。
この胸の痛みは心地が良い。恋する時の痛みって言えば良いのだろうか、兎に角これは恋する乙女にしか解らない物だ。
そういう僕は恋する乙女。―――僕もって言ったほうが正しいのかな。彼女等も、彼女に惚れている。

昔はセルティが居ればそれで良かったんだ。何故か彼女に執着している自分が居た。それは義務みたいな物になっていて、自分の感情では無いような気がしてきたのは、中学を卒業する前…だったかな。
もし俺が彼の二重人格のような類の生き物になっていたとして、俺の中にもう一人の俺が居たとしたら―――。
或いは“パラレルワールド”のような世界で、俺ともう一人の俺が繋がっていて、そいつがセルティに執着していたとしたら―――。

俺は感覚的にセルティに執着していたという事になる。
つまり、この世界の“岸谷新羅”はセルティに執着していないという結論になる訳だ。

現に私はセルティでは無く、同級生で同姓の葵に恋している。
恋は素晴らしいね、見る物を輝かせてくれる。そして同時に恋する者を成長させてくれる。なんて物は一部であって。実際醜い感情が出てきたりもするから、素晴らしいとは言い難い。興味深いっていうのは合っていると思うけれど。
ああ、話が逸れてしまった。つまり私は葵が好きで、好きで、執着しているって事だよ、多分。

――考えに耽っていたから、誰かが近づいてくる足音に気付かなかったよ。
――保健室には僕が居るから、人は滅多に来ないのに……誰かな?

扉を開けると、つい先程まで考えていた人物が居たので驚愕してしまったよ。




♂♀




葵の手当てをし終えると、葵が可愛らしい笑顔で俺を褒めてくれるから、上機嫌になっていた。
けれど僕は気付いていた。運んで来た臨也が不機嫌になっている事を。だけどあえて何も言わなかった。
すると臨也は葵を抱きしめた。ああ、顔が醜いよ。凄く嫉妬している。君らしくも無いじゃないか。
恋は興味深いね。人をこんなにも変えるんだから。―――おっと、これは臨也が考えそうな事じゃないか。僕とした事が臨也みたいな思考になるなんて。

瞬間、胸の辺りがずくりと疼くのを感じた。ああ、これは嫉妬だね。俺は今凄く嫉妬してるよ。
今なら静雄じゃないけど……、臨也を殺したいって思うよ。殺してしまおうか、この小娘。
だけど相手が依然としてポーカーフェイスだから、僕もポーカーフェイスを保っている。まあ、瞳の奥に嫉妬の色がギラギラと見えているから、何とも言えないんだけど。―――私もか。

抱きしめるだけでも殺したいと思った。私らしくも無い。だけど、これ以上の事はしないだろうと思っていた過去の私を殺したい。
臨也はキスをした。勿論、彼女の腕の中に居た葵を。時が止まったのかと思った。その触れ合っている時間は、今までのどんな時よりも永かっただろう。

瞬間、胸の辺りがどろりとしたものが流れるのを感じた。この禍々しい嫉妬の渦。
実際に液体にしてみると、きっとどす黒い溝よりも濃いヘドロでドロドロしているだろう。それくらい僕は闇に呑まれていた。
こんな感情は初めてで戸惑う。だけど、戸惑っているのにも関わらず、経験した事が有るかのように冷静で居る、矛盾した自分がそこに居た。


「臨也!葵を離さないかっ!」


なんて情け無い声が出たんだろうか。これじゃあ、三流役者が演じるフラれた男みたいじゃないか。
手を伸ばしたい。手を伸ばして、彼女等がキスをするのを阻止したい。
だが身体はピクリとも動かなかった。動けなかったのも有る。それは、俺がこれを認めたくないから。夢だと思い込みたいから。

触れたら、現実だと理解してしまうから。

葵と臨也が、静かに軽く口付けしているのを黙ってみているしかなかった僕。
僕は、涙さえ出ない。
ただ流れるのは、目には見えない淀んだ嫉妬の液。胸で、この紅い心臓で流れている。





誰にも渡さないって言いたかった。

10.05.19
 

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