□03受
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翌朝は、就寝が遅くなったのと、もともとの低血圧が響いて。
ぼーっとする頭で時計を確認すると、朝食の時間が迫っていた。
慌てて着替えを済ませ、鍵を持ち、忘れ物がないかを確認する。
視線は、ベッドサイドに設置されているデジタル時計の日付へ。


8/26


よし、と強く頷いて、部屋を出た。
同時に始まった、長い一日に振り回されることになることを、俺はまだ知らない。





それなりに人数もいて、ガヤガヤする場所だけれど。
今日はいつも以上に盛り上がって、賑やかなような気がする。
それも、ある、一ヶ所に集中して。

「おめでとう!」
「おめでとーさん」
「もう三十路前やなー」
「赤星さん、自分が三十路切ったからって嫉妬しちゃダメっすよw」
テーブルの周りには関本さんを囲うように、浜中さん、藤本さん、赤星さんと中堅メンバーが揃っていた。
いつものように遅れて入っていきたかったが、喧しい声が寝不足の頭に鈍く響いて。
くるりと踵を返して、葛城さんがかけているテーブルに向かう。
まだ、朝だし。
それに、まだまだ時間もあるし。
今はいいか、と小さく欠伸をした。


食事を終え、移動のバスに乗り込む。
・・・その前に、鳥谷は一人の男を捕まえた。
「藤本さん!」
「な、何やねん改まって・・・!」
いつも生真面目な顔をしている鳥谷が、いつも以上に真面目な顔で。
藤本の両手をがしりと掴み、物言わぬ雰囲気になる。
深く息を吐いたあと、その一言を呟いた。

「バスの席を代わって下さい」
「・・・・・・は?何でやねん、おれ窓がわ嫌やねん」
「一生のお願いです!!バスの中で関本さんとランデブーしたいんです!!」
「それだけの為に一生のお願い使うんかい!」
ばしっと小気味よい音がして。
それでも負けじと鳥谷は食い下がろうとする。
「藤本さん!」
「嫌や!俺だってなぁ、あの席は特別やねん!」
「ただ金本さんの後ろってだけじゃないですか!」
「ただの後ろじゃない!あの座席のわずかな隙間からなぁ・・・金本さんの首のライン拝めるんや。あれはな・・・めっちゃくんねん」
「・・・変態ですね。」
「あっそ。もぅええわ」
「藤本さぁぁああああん(泣」

結局、藤本と座席を入れ替えてもらうことに成功した鳥谷だが。
そう世の中上手くいくわけもなく。



『誕生日おめでと』
「わざわざそれ言うために、電話くれたん??」
『うん。泰広がずっと、明日はお前の誕生日だって喜んでたから』
「ホンマに?そっかー・・・ありがとうな三東。」
間はあるものの、関本の隣をゲットした鳥谷だが。
さっきからずーっと通話をしていて、しかもチームメイトなわけで。
電話をしつつ、隣の林と楽しそうに指相撲をする関本を見て、鳥谷は膝を抱えた。
「ほら、言わんこっちゃない。」
「うるさいです・・・」
はぁ、と窓の外を見て溜め息を吐いた藤本を、恨めしそうに睨んで。
信号待ちで止まったバス。
細い通路を通って、関本の場所にやってきた狩野は、二言三言呟いた後、携帯を手渡して自分の席に戻っていった。
もう片方の携帯を耳に当てる姿を、鳥谷は心配げに見つめる。

「やす??」
『あ、た、誕生日おめでと・・・。な、なぁ。健太郎の携帯・・・繋がらへんよ・・・?』
「ありがと。・・・うん、だって今、三東と喋ってんもん」
『三東・・・?っ、三東嘘ついてたんやな!さっき俺に的場さんと話しとる言うたくせに!!』
二つの携帯を持った関本は、その会話を聞いてくすくすと笑った。
やがてバスは目的地に到着したものの、結局。
鳥谷は関本と話せずじまいのままバスを降り、今日何度目か分からない溜め息を吐いた。


「おはよう!」
「へ・・・?」
無言のままロッカールームに向かって歩いていると、ポンポンと肩を叩かれる。
振り向く間もなく、前に現れたのは。
「どしたん?元気ないなぁ」
「関本さん、」
自然と、浮かんだ笑みに。心が安らぐ。
あぁ、なんだかんだあっても、近くにいるんだ。と実感している最中に、ポケットの中で震える携帯。
この幸せを邪魔するのは誰だ、と表示を見てみれば。


「・・・何だよ」
『あれ?意外と暗い』
「何 の 用 な ん だ よ!?」
『プレゼント、上手く渡せた??』
「あぁ、まぁ・・・」
その渡した本人を確認しようと隣を見れば、忽然と姿を消していて。
辺りを見渡し、早足でロッカールームに急ぐと、そこには既に着替えを始める姿があった。
「・・・・・・。」
『ちょ、・・・もしもーし?』
「はいはい。喜んでくれたよ、すごーく」
『あったりまえだろー?なんたって俺が考えたんだから!』
そう、あの造花の花束は、青木のアドバイスによって生まれた。
誇らしげに携帯の向こうで鼻を鳴らすのが、癪に障るけど。
『でさー電話したのは・・・ものは相談なんだけど、』
「・・・?」

『関本さんと話しさせてほしいんだ』

「嫌だ。」
『なっ、いーじゃんか別に〜!!即答しやがって!!』
「お前なんかが関本さんと喋ったら、減る」
「俺が、なんて??」
不意に聞こえた声に振り向くと、にこにこと微笑う話題の張本人。
手の中では、必死に訴えかけようとする青木の声。
『関本さーん!俺です、青木ですー』
「青木くん?」
「あ、・・・えぇ、そうなんです。なんか青木も祝いたいとか言ってて」
適当に、半分・・・誤魔化しの言葉を吐いて。
自分の携帯を、彼に渡す。


「もしもし??」
電話をしている間に、自分も着替えることにした。
鞄からユニフォームを取り出している間も、二人の会話が気になって、聞き耳を立ててみたり。
「えー・・・?あははっ、おもろいなぁ、青木くん」
あ・・・、俺と喋ってる時よりも楽しそう。
それが少し、・・・いや、かなり。グサリと胸に突き刺さった。
「んーと、・・・じゃあ。1番かな。・・・うん、トリに代わるよ??」
1番って何だ?青木なに言ったんだよアイツ。
すると、はい、と言って差し出された携帯を受け取ると、関本さんは先にグラウンドへ行ってしまった。
その背中を見つめつつ、携帯を耳に近付けても、相手の声が聞こえない。
「・・・青木?」
『・・・・・・俺さぁ、今すっげー幸せかも。』
カチンと癇に障って。他に人がいるのに、おかましなしで吐き捨てる。

「俺は、不幸だよ」
『へ?っあ、ちょ・・・!』

待てよ、と制止をかける青木の声が聞こえたけど。
既にツーツーと無機質な機械音が微かに音を洩らした後だった。




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