本
□T0103
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[セルフ・サービス]
試合前の、ちょっとした時間。
暇だなぁ、と視線をやると目があった。
それを感じていたのはどうやらお互い通じていたよう。
座っていた場所から少し移動して、通路をはさんだところで会話する。
「あと5分もあるなぁ」
「そうですね」
横目で見ると彼の顔に笑みが浮かんでいた。
なんだか嬉しい。
つられるように笑うと、不思議そうな顔をしてこっちを見る。
「何でもないよ」
それでもこっちの様子を窺う。
時計に目をやると、もう3分前。
グローブを持ち、心の準備も整える。
「…なぁ、トリ?」
「はい?」
スタンドが大きな歓声で沸く。
守備位置に向かう途中、口をグローブを覆い、呼び寄せる。
きょとんとした顔に、言ってやった。
「5分もあったら、キスぐらいは出来てたのにな」
一瞬にして驚愕の色が浮かんだ彼の顔は、赤く染まった。
何事もなかったようにその場を離れ、飛んできたボールを受け取る。
実はしてほしかっただなんて、鳥谷にバレてなければいいのだけど。
END