本
□ぱられる
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もし願い事が一つだけ叶うと言われたら、・・・どうする?
『今日のヒーローは──!!』
通路に響き渡る大きな歓声。
聞きたくない。
耳を塞いでこの場から逃げるように走り出す。途中で誰かの肩にぶつかったが気にせず前だけを見た。
(何で、俺じゃないんやろ)
調子は悪くない、むしろいいぐらいだ。
だけど使ってもらえない、どれだけ結果を残しても。勝利に貢献したとしても。
(俺、必要とされてるんかな)
膝から崩れ落ち、両手を床につく。
ぎゅっと握り締めた拳に、ぽたぽたと涙が滴り落ちた。
「なーにしとるんや?」
一瞬で全身の血の気が引いていくのが分かった。
そして聞きなれたその声に、ひどく安心してしまった。
「矢野さん・・・」
「何、泣いてんの?」
しゃがんで頬に伝う涙を優しい手つきで拭ってくれる優しさに、涙は止まるどころか溢れるばかりで。
惨めで情けなくて、胸の奥深くに渦巻く醜い感情を抑えきれなかった。
「矢野さん、おれ・・・ッ悔しいです・・・!何をしても、報われない救われない・・・」
「うん」
「俺が誰かのためにできることなんて、・・・何もない」
立ち上がった彼は、すっと手を差し伸べる。
その瞳は真っ直ぐとこちらを見据えると、つり上がった口元から八重歯がはみ出した。
「なぁ、もし・・・願い事が一つ叶えたるって言うたら、どうする?」
「へ?」
「冗談とちゃうで。何でもいい、お前が今一番叶えたい願いって何や?」
彼流の慰め方なんだろうか?
少なくとも今はそう思っていた。
だって実際、こうやって悲しみにふける俺に手を差し伸べてくれるのは、この人しかいない。
「ホンマに、何でもいいんですか?」
「あぁ、なんでも。願いが大きければ大きいほど、な」
「・・・・・・」
自然と両手を握る。まるで神頼みでもするかのように。
頭の中がこんがらがる、一つしかできない願い事なら。
「矢野さん、俺は。俺の願い事はッ──!!」
眩い光が辺りを照らす。
と、同時に胸が引き裂かれるような激しい痛みが走る。
『よっしゃ、契約は成立したで。お前も今日から、』
意識が遠のいていく。彼が何を言っているのか分からない。
何も見えない、体の感覚がなくなっていく。
自分はどうなったのか。
「──ッセキさん!!!」
最後に名前を呼ぶ声だけが聞こえた。
あんまり自分に懐かなかった、あの鳥谷の声だった。
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