短編小説2
□ご都合主義(TRICK)
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はるか後方ではまだ叫び声が聞こえる。奈緒子は砂に足をとられながら必死で走った。
走る理由はただひとつ。追われているから、それだけ。
「はぁっ…はっ……」
ようやく物陰に身を隠すことができた。どうやら追っ手は撒けたらしい。
(なんで私、逃げてるんだろう…)
あぁ、さっきも言った通りだ。追われているから逃げて―――
……違う。
私は私を騙している。
この島に来る度に、自分が巫女だと言われる度に、きっと無理なんだと。 あのアパートに帰ったところで逃げられはしないんだと。
今まではあいつのせいでなんとかなっていたけれど、私自身は一番最初のあの時からなんにも変わっちゃいなかった。
…怖かったんだ。逃げることが。
この運命に本気で抗って、そしてそれが駄目だった時―――――
「見つけたぞ!こっちだ!」
「っ!!」
即座に走り出す。なぜ逃げるのか?それは追いかけられて―――
(違う!違う違う違う!!)
逃げたいんだ。この運命から逃れたいんだ。こんな逃走劇を今まで繰り返してしまっていたのは、私が本気で逃げたいと思わなかったから。
きっと今がその時なのだ。
(大丈夫、絶対こいつらは撒ける)
(上田さんは絶対生きてるし、森の方に走ればきっと偶然上田さんに会える)
(この島からだって逃げられる。…大丈夫、絶対に!)
今まではなんとなくだった。追われるから逃げて、手を差し伸べられたから救ってもらって。
そして私は今、初めて私の意志で走っている。
こうして逃げることがこの運命に立ち向かうことなんだと信じて。
白い砂をキラキラと散らしながら、奈緒子は砂浜を全力で駆け抜けた。
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「初陣」とタイトルを迷っていたというどーでもいい裏話をここで紹介させてください。