短編小説

□運命よりも優位に(TRICK)
1ページ/1ページ

夜の通りはまだ人がまばらにいて、そこを二人で並んで歩く。できるだけおだやかなペースで。
夜風が満足そうにお腹をさする彼女の髪をなびかせて、まるでそこだけが宝物みたいにキラキラしていた。封をしていたはずの感情が、とめどなく溢れて身体中に満ちていく気がした。



やまだ、と言うのと、彼女が後ろを振り返るのは同時だった。視線は今すれ違ったであろう一人の男を追っている。
彼女に習ってその後ろ姿に目をこらしてみれば、白いシャツにジーンズ、体格はやや小太りで頭には帽子をかぶっているのがうかがえる。
まぁどこにでもいるような男。けれど、どこかで見たような――

ふと見下ろせば怯えた表情が映った。

「!!」

思い出した。いつかの島で対峙した男だ。しかしすれ違ったそれとは別人のような…。視線を戻せば山田がほっと息を吐いてこちらを見上げている。そしてぎこちない笑みを作ると、「すいません」とだけ言ってまた歩みを再開させた。


(…ちくしょう)


もしかしてこいつは
ふとした日常の中に、なんでもない雑踏の中に、あのような男を見つけては怯えていたのだろうか。一人で。
俺はこいつのことなんて何も知っちゃいなかったし、わかってもいなかった。
それが無性に腹立たしくて、こんな訳もわからない運命にすら勝てない自分に嫌悪する。


もしも俺が、その手を握れる人物だったら。

振り返ろうとする彼女の手を思いっきりひっぱって、こけそうになるまで。そうすれば「なにするんだ」って怒ってこっちを向くから、そしたら男のことなど忘れて、もう振り返ることもないのに。

 …………。




「やまだ」

――――――――――――――
何気にこれも不完全燃焼を聴いて書いたやつ。
そしてひとつ前の文の続きだったりします。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ