小説

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「トリックオアトリート」
「…が世間では既に終わっているのを知っているか」

夕日が射し込むいつものアパートで、いつも通りのぬるい会話。目の前に座っている上田さんが足を組み直す。


どうせ今日は来ると思っていた。
消えたはずの甘い香りがまた匂った気がしてそわそわする。

「YOUそれ」
「トリックオアトリート………お返しはお寿司でいいです」
そう言ってもう一度念を押した。この一文で今差し出しているクッキーは、ただの気まぐれで作ったハロウィンのお菓子になれるはずだ。

「待て。オーブンはおろか電子レンジすらないYOUの部屋で何故クッキーが焼ける。…ていうかそれクッキーだよ、な?」
そう言って可愛らしい箱に収められたものを眺めた。
クッキー(?)は必要以上に茶色くて細かく砕けていて、可愛らしいのは見事なまでに箱だけだ。
「うっ…、そうですよ。ホットケーキミックスで出来る簡単クッキーっていうレシピがあったんだ。材料費安いし」
「それ調べたのか」
「……これくらい知ってるに決まってるだろ。女の子だし!」
うそつけ!と上田に目線だけで訴えられる。失敬なやつめ!
「ホットケーキミックスにバター(今回はたまたま無かったので食用油で代用)を混ぜて牛乳を少しずつ加えてくんです。それで…」
「それで?」
問題はここだ、と上田は身を固める。加熱器具なんてガスコンロくらいしかない貧乏部屋だ。到底そんな環境でクッキーが作れるとは思えない。だとしたら。
まさか――、俺以外にも協力者がいたのか?こいつに?…まさか。まさかまさか!

「………フライパンで焼きました。」
「って、うおいっ!!」
嫌な予感はある意味当たった。…うそだろ。
「いくら方法が無いからってこれは酷すぎるんじゃないかフライパンで作るクッキーなんて聞いたことないぞ!これではもはや製菓ではなく料理だな。そもそも今日はハロウィンなどではなく、偉大なる――」
「あーあ、やっぱだめかー!」
途中で妙に明るい声がして。見れば山田が微笑んでいた。
「なんとか形にはなったと思ったんですけどねー。さすがにフライパンはないかー」
「………」
…違う?
「今日は――…ハロウィン、だから」
「違う」
「うっさい、知らなかったんです。あーあちゃんとしたクッキーだったらお返しもらえるかなーとか」
違う。
「けっこう期待してたんですけど」
違う、これは微笑みじゃない。
「…でも、これ全然クッキーに見えないし」
「お返しなんてあるわけないだろ」
違う、こんなこと言いたいんじゃない。
「…いいですよ、これは私が一人で食べ――」
その手を、おもいきり、つかんだ
「わっ!」
もう片方の手で山田の手にあるクッキーを奪い、そのまま口に放り込む。

「……………」
「……………」
「……………」
「……………」

静かな部屋に咀嚼音だけがやけに響いた。

「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「…………うまいよ」

小さく絞り出す。
正直味はあまりしなかったし、食感もぼそぼそ。
それでもこれは正直な感想だった。

「すごくおいしい」

掴んだまま無意識に力をこめていた右手を優しく握り直した。
「なぁ、今日……何の日か知ってるか」
「…ハロウィンじゃないことは…知ってましたよ」

ああ、山田も俺もみんなオレンジだな。



「あの、上田!お……お…、………おた」
「ありがとう」
――――――――――――――
来年こそは間に合わせるよ教授ごめん。お誕生日おめでとう!

良い子はこんな方法でクッキー作っちゃだめよ。

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