小説

□どんな答えよりも
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島風に吹かれながら進む。

また来てしまったんだ、ここに。
両手を力無くふる。




荷物なんてこの身ひとつで十分だった。
ここに来たのは、立ち向かうためじゃなくてあきらめるためだから。






「島を救いたまえ」

聞いただけで目眩を覚えた。呪文なんてものが実際にあるわけないと思っていたが違うらしい。くらくらする。

島、死にかけの、カミヌーリ、儀式、本家と分家、巫女、逃げたお母さん

単語が浮かんでは消え、消えては浮かんで私の頭を支配した。これだけの言葉を集めてもいまだに私がここにいる理由はわからない。


けれど、


島の人たちにとっての幸せは、私がいることで。

あいつにとっての幸せは、私がいないこと。


…なんだ答えは簡単じゃないか



「カメとハムスターの世話、ちゃんとやっとけよバカ上田」














久しぶりに食料を恵んでやろうかと思えば、部屋はもぬけの殻。バイト続いてるのか…、ハンッ珍しいこともあるんだな!、という想像は卓袱台にあった紙切れで吹き飛んだ。
大家さんの部屋のドアを乱暴に叩き、出ていったのがまだ昨日だという事実に少し安堵し、
いやこうしてはいられないと次郎号を飛ばす先はあの南の島。

急がなければ、まだあいつが完全に染まりきらない内に。

俺は地位も名誉もある多忙な身なのだ。だからカメやハムスターの世話をする暇などない、とあいつに伝えなくては。

携帯も持っていないし、島への連絡手段も知らない。だから、あいつにちゃんと直接会って伝えなくては。


「…面倒かけるなよ、貧乳め」
















「何しにきた」

「君は本当に貧乳だな」


海岸近くの入り江。

島のやつらと一緒にのろのろだらしなく歩いていた山田を救出し無事追っ手をかわしてここまで連れてきてやった俺に、あろうことか山田は無機質にそう呟いただけだった。

夜風が山田のベールを揺らす。その奥にある表情はうまく見えない。
全身を黒で包んだ彼女は、今にも夜の闇に溶けてしまいそうに儚く感じた。


「助けにこいなんて頼んでないです」

ポツリと再開された会話には拒絶の色。

「…、俺だってそんなつもりはない」

それを打ち消そうとする強い色。

それらがゆっくり混ざり合い、ふたりは視線を絡ませた。
「俺はYOUを連れ戻しに来たんじゃない。…君に、ばぁーか、って言いに来たんだよ」

「、え」

黒いベールが少し揺れた。

畳み掛けるように強く肩を掴む。そしてこの言葉にありったけの想いを込めて。




いきなり肩を掴まれて、ばか、と言われた。見下すようで意地悪そうで、強く優しい声。何度も何度も自分を呼び戻してくれた声。
きっとその声と同じ、私をどうしようもなくさせる表情をしてるんだろうな。
たとえ黒い布越しでも、痛い程にわかる。
奈緒子は肩にあった手が黒い布を掴むのを他人事のように見た。









ようやくかち合った彼女の瞳は、月光を受けて危うい程輝いていた。
お互い慌てたように視線を外し、一体なにをやってるんだ、と俺は一人ごちる。

「うえださんの」

名前を呼ばれ振り向いた。

「ば、か‥‥っ」

声が濡れている。思わず手を放してしまったため、彼女の表情はまた黒いベールの向こう側だ。

俺は勇気を振り絞ってもう一度ベールを取り除いた。先ほどまでではないが、まだ彼女の瞳は濡れている。

素直に綺麗だと思った。


――もう、降伏してしまおう

震える両手で彼女の頬を包み、
そのままゆっくり近づく。瞳が見上げてきたが抵抗はなかった。













「…なんだか」

砂浜に崩れて寄り添いながら山田が呟く。

「誓いのキスみたいでした。さっきの」

思い返してみて、なるほどと合点がいった。
だが、今彼女を包んでいるのは真逆の色だ。

「いつか白に変えてやる」

山田は少しはにかんだように笑って――、そしてさっとそれを曇らせた。

「どうした」
「でも上田さん、私と居たら‥‥」

きっとまた余計なことを考えている。そしてそれを取り除くのは困難なのだろう。
ならばせめて




そっと彼女を抱き寄せた。

「もう何も考えるな。‥‥君、頭悪いんだから」

手に力を込める。


「――ふたりでいれば大丈夫だ」






ああまたトドメを刺されてしまった。
しかも今回は白状までされてしまった。
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