小説

□静かにはじまる月曜日
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いつも通りの月曜でまた一週間がはじまる。
といっても週のはじまりがはたして月曜なのかは知らないし、そもそも奈緒子にとって月曜日とは週のはじまりなどではなく、ただ単調に続いていく日々のひとつに過ぎないのだが。


「あーーはらへった、焼肉ー」
新築の癖にオンボロという希有なアパート、エコメゾン・池田の一室に情けない声が響く。

私の名前は山田奈緒子。今をときめく天才美人マジシャンだ。
いつもはびっちり予定が入っているのだが、今日は珍しく仕事のない私は連日の激務で疲れた体を休めていた。
お腹がぐうと鳴り虚しい空想が中断される。その代わり私は空腹と暇にまかせて焼肉のメニューに想像を巡らせた。
「カルビ、タン、ホルモン、ロース、ビビンバ…」
最後に食べたのはいつだったかな。亀とネズミに餌をやりながらそんなことを考える。…そのメニューと共に浮かんだ顔には気づかないふりをして。

カバンからひっつかむようにトランプを取り出して、奈緒子はそれを夢中で切った。
(あーはらへったはらへったはらへった!)
そのまま作るのはタワー。
(本当に、最後に食べたのいつだったかな)
(駄目だダメだ。こういうのは無心でやるのがコツだ)
(最後、さいごに……)
(きんとう、に、ならべて
)

(最後に声を聞いたのは、2か月前)


手元が狂いタワーが揺れる。さらさらとタワーはトランプの束に戻った。

「早く食べさせろ…バカ」













暗くて寒くて、なんだか良い匂いがする。
ぼやける視界に目を凝らしつつ奈緒子は起き上がった。いつの間にか眠ってしまったらしい。卓袱台についていた頬がいたい。
しかし今は匂いの正体を確かめることが先決だと思い立つ。なにしろ普段通りの部屋では滅多に嗅がない香りなのだ。経緯はどうであれこの部屋にあるならば確保するべきだ。そこまで考えを巡らせた奈緒子は意気揚々と電灯を点け――

「うわっ!」

明るくなった室内で目に飛び込んできたのは、匂いの元であるコンビニ弁当と――眠っていた上田だった。



「何でいるんだ、っていうか勝手に入って来ないでください」
唐揚げを一つほうばりながら私は言う。
「食べながら喋るんじゃない」
唐揚げを一つほうばりながら上田が答える。
「オイ。…不法侵入いい加減やめろって。迷惑なんです」
「家賃を払ってるのは俺の筈だが」
「……」
「ぐうの音も出ないだろ、ハハハ」
「ぎゅー……
とにかく今回みたいにメシ持ってくる時以外は来なくていいです」
「………」
「で、何でうちに」
「用がなきゃ来ちゃいけないのか」

とつぜんの不機嫌な声に視線を上げると、上田が声と寸分違わぬ不機嫌な顔をしていた。
弁当を見てる?いや、俯いている。
何か返答すればいいのだが、先ほどの質問とも呟きともとれる発言は判断が難しかった。しかも仮にそれが質問だったとしても、その答えを奈緒子は持ち合わせていなかった。…いや、言えなかった。

「………」
「………」

沈黙が流れる。今日の上田はなにかおかしい。でも、その沈黙の先に僅かでも何かしら期待をしてしまっていた自分に気づいて奈緒子も視線をおとした。







「じゃあな」

「はい」

扉が閉まり息を吐く。結局上田は何事もなかったようにどうでもいい話を始め、弁当を食べるとさっさと帰っていった。
遠ざかる足音に耳をすませる。

――用がなきゃ来ちゃいけないのか

たとえ呟きでも、それは上田さんの“精一杯”だったのかもしれない。
胸のあたりがギュッと痛んだ。痛みは徐々に広がり、“何か答えればよかった”という後悔へと変わっていく。

でも。
それでもやはり何も言えなかったと、奈緒子は卓袱台に突っ伏した。




YESとは言いたくなかったし、ましてやNOだなんて言えなかったから。

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