小説

□教授と助手のエイプリルフール
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時刻にして10時半過ぎ、俺は山田を呼び出した。山田は眠いだの腹へっただのいいながらも研究室へ来てくれた。
だが当の呼び出し人…つまり俺だが、は書類と格闘している最中だ。

「今日は、暇人のYOUに俺の手伝いをするという名誉ある仕事を」
「死ねバカ上田」

我ながら素晴らしいと思った提案は、およそ、その顔には似合わない暴言と共に即答で断られた。それでも山田がすぐに帰らない訳は、今が昼前だからだろう。…我ながら素晴らしい提案だ。

山田は最初は部屋を物色していたのだが、よほど暇だったのか急にとんでもない言葉を発した。

「…わたし、上田さんのことが、好きです」

、、、ちょ、ちょっとまて!!!今何て…いや落ち着け俺第一山田がそんなこと言うはず
「今日って、確か嘘ついたらお菓子貰える日でしたよね」
「…自分の都合良くねじ曲げるんじゃない」

ああ、本当にほんの少しだけ驚いたが、やはり所詮は山田か。


丁度いい頃合いに昼飯時だったので、山田にも高級焼肉を施してやろうと思い立つ。
別に山田に(嘘とはいえ)好きだと言われて舞い上がっている訳ではない、断じて。





なんだか訳のわからないうちに、焼肉を食べられることになった。
少々上田が気持ち悪い気もするが、お菓子が貰えるだけでも儲けものだったのにくらべれば、これは棚からぼた餅だろう。
次々と運ばれてくる肉(すごい量を注文したため)を嬉々として平らげながら奈緒子は思う。

上田さんは何故か、さっきから時計ばかり気にしている。
次の講義でもあるんだろうか、の割りには急ぐ素振りはまったく見せない。


上田が全然食べないせいで、テーブルの上は所狭しと皿が敷き詰められている。考えるだけ時間のむだ、と私は黙々と肉を焼く。
けれどその手は途中で止まってしまった。


上田が、私のことを、好きだと言ったから。

「…………」

「…………」



(ちょっとまて)

このまま流されてしまいそうな感情に待ったをかける。

まがいなりにも今日の上田は優しかった。用事もないのに呼び出したのも、もしかしたらお昼を奢るためだったのかもしれない。
そして先ほどからの神妙な態度と表情。タイミングを測っていたこと。エイプリルフール。君のことが、好きだ。
……そっか。

妙に冴えた頭が、導き出された答えに絶望した。
「つまり、もう私は必要ないってことですか。だから最後くらい優しくしてやろうって思ったんですか。タイミング測って、申し訳ないような顔して、エイプリルフール利用して…、わざわざそんな回りくどい事しなくても普通に言えば良いじゃんっ…!」

無我夢中で言葉を並べた。

その言葉の最後は情けない程に泣きそうな声だった。


空っぽの頭に言葉が入る。
「大体は、合ってる」


「…え」

予想外の答えに戸惑う。
「確かに、タイミングを測ったりエイプリルフールを利用したのは認める。……ああ、最後まで聞きなさい」
そこまで言うと、上田さんは目線を外しそわそわし始めた。
どうやら私の推理は外れたらしい。とてつもなく、良い意味で。



視界の隅で肉が黒くなっていく。テーブルは相変わらず皿で溢れかえっている。でも、上田さんが何か話そうとしたから、そんなことはどうでも良くなった。


「…エイプリルフールには色々な説がある。といっても由来の違いや、定義の違い、色々あるのだが」

黙って上田の言葉を聞く。
「そのひとつにね、エイプリルフールは正午まで、という話があるんだよ。
この説はイギリスやかつてイギリスの支配していた国に……いや、どうでもいいか。…つまり、な。その話が面白いと思って、だから…、」
そこでいったん言葉を区切り、外していた目線が戻された。

「つまり…、俺にとってのエイプリルフールは正午まで、だ」

最初は何を言ってるのかわからなかったけど、時計を見て納得する。
12時10分、そう、昼すぎ。
あの会話から今までに10分もかかったとは思えないし、何より上田の表情が全てを語っていた。

つまり、


「あれって、本当に…」



肉はとっくに焦げ付いて、炎はゆるゆる燻っていた。



「返事が、欲しい」

正午はとっくに回ったが、今日の終わりには程遠い。

私はくしゃくしゃの笑顔をつくった。


「大キライです、バカ上田」
                                    

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