短編集

愛のデフレスパイラル
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バキッという音がした。
それと同時に、頬に鈍い痛みが走る。


口の中に、鉄の味が広がっていって、気分が悪い。

そしてようやく理解する。
ああ、私は殴られたのか、と。



「っ…はぁ…はぁ…!」



殴られた衝撃で壁に激突した私を、陽介が殺意を込めた瞳で睨みつけてくる。


何なんだ一体。
いきなり家に連れてきたかと思えば、殴り掛かってくるなんて。


というか、女子の顔を殴るか普通。



「…………っ…!」



陽介が私の胸倉を掴み、今度は至近距離で睨みつけてきた。

その表情からは、凄まじい程の怒り、そして、深い悲しみが感じられた。


だけど私には、何をそんなに怒っているのか、何をそんなに悲しんでいるのかが分からない。

私は知らない間に彼に何かしてしまったのだろうか。



「お前…今日の放課後、何してた…?」



唐突に、陽介にそう問い掛けられた。



今日の放課後?

放課後は確か、職員室に行った陽介を教室で一人待っていたら、鳴上君が現れて、それから二人で話してた。

ただ、それだけ。
いつもの、光景。



『…鳴上、君と……』

「…相棒と…キス、しただろ」



………は?
私と鳴上君が…キス?





…ありえない。
鳴上君は私と陽介の関係を知っている。
そんな彼が、親友である陽介を悲しませるようなことするはずない。



『…してない…するわけな…』

「嘘つくな!俺は見たんだ!鳴上がお前にキスしてるところを!」



私の言葉を遮るように、陽介が叫ぶ。


いや、見たって何を。
本当に私と鳴上君はキスなんか……



…あぁ、そういえば。
「名字の目って綺麗だな」って言われて鳴上君に顔を覗き込まれたっけ。

もしかしたら、それをキスされたと勘違いしているのかもしれない。

その証拠に、直後陽介が教室に入ってきて強引に私を連れ帰ったのだから。



『そ、れは…ごか…』

「俺より鳴上の方がいいのかよ!?確かに鳴上はペルソナ沢山使えるし俺より強いのは認める!…けど!アイツよりも俺の方がお前を愛してる!…なのに…なのにお前はっ…!」



またも人の話を聞かず、今度は平手打ちを私に浴びせてきた。


パァン!と渇いた音が部屋に響く。
叩かれた頬がジンジン痛む。



痛い。泣きたいほどに。

だけど何故だろう。

殴られている私ではなく、殴っている陽介の方が涙を流しているのは。



「なんでだよ…なんでなんだよ……!」



胸倉を掴む手を離して、陽介はズルズルと座り込んだ。

その肩は小さく震えていて。


どうして君が泣いているのかと、口に出しそうになって、やめた。

その理由が、わかったから。



『……陽介…』

「俺はっ…こんなにお前を…名前を…。なのに…!」



陽介は、私が自分から離れていくと感じて怖くなっているのだ。

そんなことはないのに。
私は陽介から離れるなんてことないのに。



『陽介、聞いて。私は鳴上君とキスなんてしていない』



安心させるように震える陽介の体をぎゅっと抱きしめる。
また殴られるかと思ったけど、陽介は抵抗せず、私の中でおとなしくしてくれた。



『あれは誤解だよ。鳴上君は陽介を傷つけるようなこと、絶対にしない』

「………けど…」

『私も、陽介を傷つけるようなことしない。……信じて』



しばらく沈黙が続く。

その沈黙を先に破ったのは、陽介だった。



「……ごめん…痛かったよな……」



ゆっくりと涙で濡れた顔を上げた陽介は、私の頬に手を添えると小さくそう呟いた。


確かに痛かった。
正直、今も痛い。

だけど、陽介の方が私の何倍も傷ついているから。
だから私は…泣いたりしない。



『大丈夫。気にしなくていいから』

「…本当、ごめん……。勘違いして彼女を殴るなんて、最低だよな…」



私の頬を指で優しくなぞる陽介の目に、涙が溜まっていく。

そんな陽介を見たくなくて、私は彼を強く強く抱きしめた。





分かってるよ。
嫉妬のあまり、私を殴ってしまったことくらい。

けどそれは、陽介の中で私の存在は凄く大きいということ。


私は陽介に愛されてる。
ならこれは、喜ぶべきことなんだ。



「ごめん…ごめんな…。怖かっただろ…。俺を嫌いになっただろ…。けど、俺は名前と離れたくない…。だから、俺から離れないでくれ…。…頼む…!」

『陽介、大丈夫。私は傍にいるよ。離れたりしない。嫌いになんて、なるはずない。…ずっと一緒にいるから』




陽介が私を愛してくれている限り、私も陽介を愛し続ける。

たとえこの先、何度君に殴られたとしても。









愛のデフレスパイラル



これも一つの愛のカタチ



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