SS(アニメネタ)10/12/22更新

□誰よりも大切な人
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『(誰よりも)大切な人』


突然、自室を訪ねてきたエリンにイアルは戸惑いの目を向けていた。
とりあえず中に招き入れたものの、エリン自身も困ったような顔で、手の中に大事そうに持った果実を見つめたまま口を開こうとはしない。

「あの……、これ、色々とあって一つしかないんですけど、イアルさんに……」

ようやく、か細い声でエリンが言った。

「そうか、わざわざ届けにきてくれたのか」

コクリとうなずくとエリンが意を決したように顔を上げた。

「あ、あの、わたし……」

※イアルさん、どうする?

1.まあ、いつもどおりな感じ
2.神速で押し倒す
3.たまには気障に口説いてみる





1.まあ、いつもどおりな感じ


「……いえ、なんでもありません」

再びうつむいたエリンに、ひそかにイアルが安堵の息を吐いた。
何か用があったのかもしれないが、特に彼女の身の上に困ったことが起きているというわけではなさそうだ。
考えこんでいる様子の彼女から、受け取った果実に目を移す。

「山リンゴか」
「はい。小さいんですが、寒さに強くて、霜が降りる頃にも実を残しているんです」

話題が変わったことにホッとしたようにエリンが微笑む。

「――姿に似合わない強さがある……あなたに相応しいな」

彼の言葉にエリンが慌てて首を振る。

「いえ、……わたしはそんなに強くありません」

イアルは小さくうなずきを返した。
不安そうな今の彼女は、まるで風に揺れる山リンゴの白い可憐な花のように儚げに見える。

「――エリン」
「はい?」
「一緒に食べて行かないか? 半分にすると、大した量ではなくなるが」
「はい!」

イアルが小刀で皮を剥いて、切り分けた小さな果実を、惜しむような気持ちでエリンは見つめた。
瞬く間に食べ終えてしまいそうだ。
そっと、彼の方へ目を向けると、心なしかゆっくりと噛みしめているように見える。

(――好きです)

さっき、言いかけてやめた言葉の続きを胸のうちで紡ぐ。

しゃりっとした白い実に歯をたてると、このひと時を分かち合うように、ふわりと広がった甘酸っぱい香りが二人を包み込んだ。



おしまい。





2.神速で押し倒す


エリンが言い終わらないうちに、イアルが素早く動いていた。
身体が浮き上がり、抱きかかえられるように押し倒されて、背に当たる床の感触と目の前に広がる天井に彼女の目が見開かれる。

「――イアルさ、ん……」

彼女に覆いかぶさっているイアルが、人差し指を彼女の唇に押し当てた。

「声をたてないでくれ」

首筋に触れる息と静かな声にエリンの心臓が跳ね上がり、思わずぎゅっと目を閉じる。
体重をかけないようにイアルは肘で身体を支えているが、それでもわずかに重みと体温が感じられる。

「……怖がらせてすまない」

心ノ臓の音がうるさい、とエリンは思った。
全身の血管を駆け巡る血が、顔と耳元に集中しているのではないかと思えるほどに、顔が熱く、頭がぼうっとしてくる。

「このまま、じっとして。――すぐ終わる」

命令することに慣れた抗いがたい力を持った低い声で囁かれる。
恐怖はない。ただ、イアルが、どんな表情をしているかが知りたい。思いきって目を開けると、彼が身を離すところだった。
イアルの右手が閃く。
カッと音がして、扉の脇に短刀が刺さるのと、横たわったエリンの鼻の真上をつぶてのようなものがかすめて飛んで行くのが、ほぼ同時だった。
それが壁にあたって乾いた音と共に床に転がる。

(――サイコロ?)

「あっぶねーな、イアル。もう少しで刺さるところだったじゃないか」
「おまえこそ、後先考えずに投げ返すな」
「悪いな。つい、体が勝手に動いちまって。エリンさん、当たらなかったか?」

扉の陰から、悪びれる様子もなくカイルが両手を上げて出てきて、目を丸くしたままエリンはうなずいた。

「覗きとはいい趣味だ」

感情を押し殺しているがゆえに聞く者の背筋を凍らせる声に、カイルが思わずあらぬ方へ視線を泳がせる。

「いや、ほら、部下達も事の成り行きを心配してて、おれが代表して偵察に……」
「そうか――暇を持て余しているのならば、外の連中も連れて歩哨がてら王宮の回りを3周ほど走ってこい」
「へーへー、わかりましたよ、隊長」

立ち去りかけたカイルがピタリと足を止めた。

「――なあ、イアル、友人として一つ言わせてくれ」
「なんだ」

訝しげなイアルにカイルが真顔を向ける。

「続きは、ちゃんと寝台で……」
「サイコロ没収10日間」

イアルの静かな声がカイルの言葉を冷然と遮った。

「え、ちょっ、待てよ! おれとこいつらは一心同た……」

喚きつづけるカイルを蹴りだすように扉を閉めるとイアルが深い息を吐いた。

「……すまない。娯楽のない男所帯だから、何かと大騒ぎしたがるんだ」

あまりのことに言葉を失ったエリンが、イアルの手を借りて立ちあがると、パタパタと服の埃を払う。

「いえ……」

互いに顔を見合わせると、苦笑が浮かんだ。

「ところで、先程の話だが――」

イアルに水を向けられて、エリンが静かに首を振る。
そんな気分ではなくなってしまった。

「なんでもありません。それより、イアルさん、召し上がってみませんか?」
「ああ」

袖で山リンゴの実を磨いてかじりついたイアルが、固唾を飲んで見守るエリンの視線に気づき、照れくさそうな笑みを浮かべた。

(――イアルさんは、わたしにとって、誰よりも大切な人です)

その微笑を見ながら、エリンは胸の内でそっと呟いた。



おしまい。





3.たまには気障に口説いてみる


「イアルさんが好きです!」

力いっぱい言ってから、驚いたように眉を上げるイアルを見て、エリンの顔が一気に赤くなってくる。

「あ、あの、すみません」

しどろもどろになってうつむいた彼女の耳にイアルの苦笑が聞こえた。
二人の間に沈黙が落ちる。
エリンが不安を覚えるころになって、ようやくイアルがぽつりと低い声を漏らした。

「気持ちはありがたく受取っておく」
「はい……」

その返事をどう解釈すべきか、エリンが戸惑いがちに彼の方をそっと窺う。
彼女の視線に気づかぬのか、手渡された果実を掌で転がしていたイアルが、ふと思いついたようにエリンに問いかけた。

「あなたは食べたのか?」

エリンは口元を押さえて、あっと声を上げた。
配って回ることだけを考えていたため、自分では一つも食べてみてはいない。

「いえ、すみません。もしかしたら酸っぱいかも……」

もちろん、果実なのだから出来も不出来もある。匂いを嗅ぐ限りは、味も良いと思うが、確信はなかった。

「いや、そんなことは気にしなくてもいいが、――味見してみるか?」
「いいですか? でも、こんなに小さいからイアルさんの食べる分がなくなってしまいますね」

彼女の言葉にイアルが何かを覚悟するかのように小さく息を吸った。

「――おれには、もう一つの山リンゴがある」

すっと、エリンの目の前に影が落ちる。

「イアルさん……」

指先で顎をつままれて、エリンは目を閉じた。
吐息がやわらかい唇に吸い込まれていく。
瞬きするほどの間だったのか、それとも随分と長い時が過ぎたのか、エリンにはわからなかった。
離れていく唇を押し留めたいと思った。
高鳴る鼓動と切なさが残される。

「……味見だけでは、すまなくなりそうだ」

当惑したような声と熱をおびた息がエリンの耳をくすぐる。
その言葉の意味を理解して、彼女の頬が一層紅潮する。

「冗談だ」

薄く笑ったイアルにエリンが、むくれて鼻を鳴らした。

「イアルさん、わたしは……!」
「――エリン」

苦しげな低い声が、彼女の言葉を遮った。

「おれは大切にしたいと思うものは、遠ざけて生きてきた」

情を隙と見る世界、というカイルの言葉を思い出して、しゅんとエリンが目を伏せた。

「だから、遠ざけるべきなんだ。――だが、あなたと居ると決意が鈍る……」

大きな手が彼女の頭を撫で、ゆっくりと耳朶をなぞりながら、滑り降りてくる。

「離したくない――」

頬を包みこむがっしりとした掌のぬくもりに、エリンは目を閉じた。

――誰よりも大切な人だから。

再び落とされた口づけは、果実の甘い芳香に酔い痴れるかのように、長く長く続いた。



おしまい。
 

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