SS(12/12/13更新)

□二度寝
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昨夜の名残で寝乱れた衣の前を掻き合わせ、エリンが布団の中で小さなあくびを漏らした。
 
窓板の隙間からは、まだ日が差し込んでおらず、表はしんと静まり返っている。
いつもよりもすこしばかり早く目が覚めてしまったらしい。
さすがに起きだすには早すぎるとも思ったが、夜明けの空が見たくなって、エリンはそっと身を起こした。

凝った紺青色の闇が次第にほどけていき、ゆっくり時間をかけて白くなった世界がそれぞれの色を取り戻していく、夜と朝の間の静寂に満ちたひと時を、表に座ってぼんやりと見つめるのも悪くない。

あやめもわかぬ暗闇の中でわずかに掛布団を持ち上げてそろりと這いだそうとした彼女の身体が後ろに引き戻された。
不審げに眉を寄せてエリンが振返り、息を殺してイアルの気配をうかがう。
静かな寝息に変化はない。
つっと手で探り、衣の裾がイアルの体の下敷きになっているのに気づき、エリンの困惑は更に深まった。

出来るなら、イアルを起こしたくはない。

衣の裾を掴んで軽く引いたが、こちらに顔を向けて横向きに寝ている彼の腰の下に巻き込まれた衣はびくともしない。
エリンは、息を潜めると、彼の身体の下に指を潜り込ませた。
指の先ですこしずつ衣を手繰り寄せていると、彼女のうなじにイアルの手がかかった。
不意に首根っこを掴んで引寄せられ、彼の胸元に顔をうずめる格好になったエリンは、咄嗟の出来事にただ目をしばたたかせた。

「もうすこし、寝かせてくれよ」

気だるそうに文句を言われて、起こしたことを詫びようとエリンが口を開きかけた。
その耳元に溜息まじりの声が落とされる。

「……昨夜、足りなかったか?」

何のことか理解できずにきょとんとする彼女の頬にイアルの手が触れ、指先が耳朶からうなじにかけて丹念になぞっていく。
温かい手をしばらく感じているうちに、彼が口にしたことの意味に気づき、エリンの頬に血がのぼった。

そんなことない、と抗議の声をあげようとして、自分の言葉がどう受取られるかに思い至り、ますます彼女の頬が熱くなる。
足りたと言っても、足りなかったと言っても気恥ずかしいことには変わりはない。
なんと言い返そうかと思いあぐねて口をパクパクとさせてから、エリンはぎゅっと唇を結び、イアルの腰の下に強引に手を差し入れて衣の裾を引き抜いた。

「これ! これが取りたかっただけよ!」

鼻を鳴らして憤然と衣の裾を示す彼女に、イアルが間の抜けた声をあげる。

「言えばよかったじゃないか」

エリンが、まだ熱を残したままの頬を膨らませる。

「起こさないようにしてたのよ。――あなたこそ」

彼女の声が小さくなっていき、イアルが訝しげに眉をあげた。

「――おれがどうした?」
「……足りなかったの?」

恥ずかしそうな囁き声にイアルが無言で頭を掻いた。
 
冗談のつもりだった、とは今さら言えなくなった。

押し黙った彼女の呼気の塊が胸を熱く打ち、イアルの首筋がゾクリと粟立つ。
 
足りることなどないのかもしれない、とイアルは思う。
決して不満足なわけではないのに、どれだけ求めても満たされない、渇きにも似た欲望は一体己のどこから湧いてくるというのだろうか。

触れたエリンの頬から、彼女の熱と、彼の答えを待つ息遣いが伝わってくる。

「――足りなかったって言ったらどうする?」

笑い交じりに抱き寄せると、わずかに身を硬くしたエリンが、不満げに鼻を鳴らした。

「わたし、まだ、どうするとも答えてないわよ」

なじるような声の底に甘い響きがあると感じるのは、都合のよい錯覚とも言い切れないだろう。
唇が重なり、答える術をなくした彼女の腕が彼の首にからまる。

(夜明けの空どころか、次に見るのは真昼の空かもしれない)

ふっとそんな考えがエリンの心をよぎる。
こんなときにそう考える自分自身がすこしおかしく思えて、二人を包む闇すらも閉ざすように、エリンは、かたく目を閉じた。


<終>

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