短編集

□それはまるで琴線の張りつめるような
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§それはまるで琴線の張りつめるような






――――もういいかい?




静まり返る声を合図に、私は隠れたあなたを探し出す。




―――ここかな?




女の一人暮らしには大きすぎるベッドの下を覗く。片手でキレイに整えられたシーツの上に皺を落としながら、女は小さく屈んだ。しかし、そこにはわずかばかりの綿ボコリがあるだけで、それ以外にめぼしいものはない。綿ボコリのみが女の呼吸に合わせて動いているだけで、他に動くものはない。ベッドの下にはいなかった。




――――それとも……




女はベッドから目を離すと、後ろにあるクローゼットを見た。ゆっくり、気が付かれないように歩み寄って、静かに扉に手をかける。「みーつけたー!」開けた扉の先には、無機質に並んだ洋服のみ。男性用のスーツもあれば、女性用のジャケットもある。どれも値が張る良いものばかりで、到底、この女の稼ぎで買えそうなものは無かった。女は服の間を無造作に掻き分けてクローゼットの中を探したが、目当ての人はいなかった。「なぁんだ…」と残念そうに呟き、ため息混じりにクローゼットの扉を閉めた。女はクローゼットのある部屋からだらしなく歩いて出る。次に向かった先は、廊下を挟んで反対側にあるリビングだ。リビングには、クリーム色のソファーとテレビ、身の丈程の観葉植物しかなかった。それぞれが皆簡素に置かれた家具たち。その簡素故に、隠れることができそうな場所は無い。少しの失望感と共に、女はソファーに沈んだ。



「本当にどこいっちゃったのかな……」



―――シリウス



他に探していない場所はないかどうか、ソファーに全体重をかけながら考える。不意に、はっとして猫の額ほどの庭を覗いてみたが、いたのは丁度お食事中の猫だけだった。猫はしっぽを踏まれたかのように飛び跳ね、庭の隅まで寄ってこっちをみている。「ベガ、驚かせちゃってごめんね。」と、少し罪悪感を覚えた女は、静かに庭と部屋とを区切る扉を閉めると、よろよろとソファーに腰を下ろした。




「アニメーガスではないのね……降参よ。降参。」




諦めた女は、まるで子供の遊びに少しはしゃぎすぎたとばかりにだらしなく両手を挙げ、手首から先をゆるく揺すった。しんと静まり返る部屋。きょろきょろと周りを見渡すが、髪を振る音が耳に届くだけで、待ち人は来なかった。そして降参のポーズをしたままなのも少し馬鹿らしく痺れを切らした女はとうとう横になった。段々、頭がぼーっとしてきて、女は正に夢の世界へと旅立とうとしていた。すると、ピンポーンという間の抜けた、しかし聞きなれた玄関のチャイムの音と共に、10年来の親友であるリーマス・ルーピンが現れた。



「やぁ、ハルカ、元気かい?」



「いらっしゃい、リーマス!丁度ひまなところだったのよ。」



「それは丁度よかった。今、チョコレートケーキを買ってきたところだから、一緒に食べよう。」





「もちろん!………でもね、リーマス、聞いてちょうだいよ。シリウスったらね………」




呆れ半分、ため息半分で話す女を、リーマスは目を合わせず見つめた。シリウスだって?馬鹿な。シリウスはついこの前、神秘部での戦いで死者の国、カーテンの向こう側に囚われたばかりではないか。かくれんぼに至る経緯を楽しそうに、時には怒気を含んで話す彼女にリーマスはどう表情を作ればいいかわからなくなった。僕にはこの感情は重すぎる。だんだん、だんだんと息苦しくなってきた。その苦しさは、そう、まるで―――――



「ハルカ……シリウスは………」




それはまるで琴線の張りつめるような




リーマスは意を決した。
女とはこうも脆いものならば、そして彼女かそれで幸せになれるというならば、いっそコロシテシマオウ、と。

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