短編集

□うつつにいきる
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§うつつにいきる

床に雑魚寝しながら、ふと昔のことを思う。初めて好きになった娘はキレイなブルーアイだったなとか、中2の時の成績の悪さとか。本当にどうでもいいことばかり思い出してた。するとやはり、少しずつ眠くなってきて、明日の肩こりを憂いつつ、浅い眠りに落ちた。


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目が覚めるとそこはいかにも楽園ですよと言わんばかりの花畑と青空だった。

「臭いな…」

と、思うままに呟く。
喫煙者、しかもかなりのヘビーな俺には矛盾を含む発言だが、そういわずにはいられないくらいの花の香だった。そもそも、俺は香水を着けているから、そんないタバコの匂いはしないはずだ。

周りを見渡すと、花と雲以外なにもない。仕方なく、常備しているタバコに火を点け、とりあえずまっすぐ歩いてみた。

「んとに何にもねぇな…」

歩けど歩けどなにもない。しかし不思議と疲れや不安は感じなかった。一人でいるはずなのに妙に楽しく、またわけのわからない自信に満ちていた。

もう、半日は歩いたであろう時、一人の男の子にあった。見たことのある子だった。しかし、なんど思い出しても名前は思い出せなかった。
その子は無言のうちに俺の手を引くと、俺が歩いて来た道を引き返した。

「お、おい、どこ行くんだよ!俺はそっちから来たんだ!」

呼び掛けてもその子は振り向かず、ただひたすらに俺の手を握って走り続けた。いつもだったら、振りほどいて説教の一つや二つぐらい食らわせてやるところだが、なぜかその時は、その手を話してはいけない気がした。


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どれぐらい走っただろう。やはり疲れは感じられず、しかし、心臓の拍動音は体だけでなく、耳から伝わってくるようだった。そしてその音はやがて段々と大きくなり、ついには耳を塞ぐ必要がでてきた。

「おい、ちょっと手を放せ!頼む!耳が壊れちまいそうだ!」

必死の抵抗のお陰もあって、その子はとうとう手を離し、そして俺を振り返った。

「おい!こんなに五月繩いのに平気なのか!?」

怒鳴るとも叫ぶともつかない声で問うと、その子はコクりと頷き、またゆっくりと歩みだす。


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もう、唯ひたすらに黙々と歩いている。どこへ行くかは知らないまま。

「おい、どこ行くんだよ。」

「………」

「また、無視かよ…」

ずっとこんな調子。結局、その子は一度も口を利いてくれなかった。それどころか段々歩くスピードも増して、ついに俺は追い付けなくなった。いや、疲れたとか、息切れなどではなく、本当に肉体的に追い付けない状態に陥ったのだった。

「はぇーよ………兄さん。」

何を意識するわけでなく、自然に零れたその一単語。

「にい…さ…ん?」

どうしたんだ俺は。あんなに小さな子供が兄さんな訳がない。兄さんはもっと、こう、なんというか、俺の一枚上手を行ってる感じで………そう。そんな感じ。どうしたんだ俺も。いまさらホームシックか?じゃあ次はエイミーか?父さんか?母さんか?あぁ、なんか、もう疲れたな。あんなに走ったし。寝る……か。


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目が覚めると、いつもの見慣れた天井だった。結局あれはなんだったんだろう。そんな思索に耽っていると、ある事に気付いた。

「………泣いてる?」

泣いてる?俺が?なんで?泣くことは終わっていたか、かすかな露に濡れた床と俺の頬がそれを物語っていた。

結局最後まであの夢の意味、果たしてあの子が本当に兄さんだったかどうかは分からず終いだった。
ただ、唯一つ確かなことは、定期的に来ていた俺の口座への、匿名さんからの振り込みが無くなったということだけ。




うつつにいきる
夢の中の君へ






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