今日の兄さん(2013年)

□12月9日
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 そういえば最近は、そっち方面からは平和だったなーと思う看護師たちは、間違いなくトラブルキャッチャーな上司に耐性が出来てしまっているといえる。
「ですから・・・いや、そういうことじゃなくて・・・」
 朝から、イラつきを隠そうとして隠せないで電話しているエドワードを見る、トリアたち看護師の目は優しかった。
 電話の先は、上官だろうと嫌なことは嫌だとはっきち言える、NOと言える軍医エドワードでさえも口が鈍る相手。とすれば、医療統括部か国家医学会か養成所の管理部あたりか。
「だから・・・え・・・え、ちょっと待ってくだ・・・」
 電話がかかってきてから早一時間ほどになる。そろそろ本気でエドワードの限界だ。元来、気の長いほうではないのだ。
「え、ちょっ・・・」
 どうやら、電話の内容の流れが変わったようだ。
 ずっとイヤイヤを繰り返していたエドワードが、慌てている。
「んだよ、それ・・・いいよ、もう。え?わかったって言ってんですよ。こっちは・・・いいって言ってるでしょ。ええ、オレが預かります。さっさと書類送ってください。あー、はいはい、わかってますから。それじゃ」
 きっと受話器を投げつけたいところだろうが、忍耐力を限界まで使ってそっと置いた。
 イヤイヤ期からモグモグ期で、ごっくん期ってとこか。
 つい先日読んだ看護師たちの情報誌からの内容をかぶらせてみる。
 しかし、頭を抱えたまま、自分の言葉を激しく後悔している上司を、このままにしておくわけにもいかない。仕事が滞る。
「先生、コーヒー淹れましょうか?」
「うん・・・」
 可哀想なくらい、しょげている。
 優秀で完璧で、これ以上はないくらい理想的な上司だけど、極々僅かな欠点だってあるのだ。
「オレ・・・つい勢いで、また研修医引き受けちまった・・・あれほど嫌だって言ってたのに・・・だってよ、あいつら、研修先が見つからないような問題がある研修生なんてイラネーとか言うんだもん。せっかくの医者の卵・・・だからさ、ついうっかり・・・よこせって、いらねえならオレが引き受けるって・・・あああ・・・」
 珍しくグチグチ後悔している。
 常日頃から、前に進め!が信条な軍医殿にしては異例のことだ。
「はい、どうぞ」
 トリアが淹れたコーヒーを、礼を言って受け取る。
 いつもの元気いっぱいなエドワードもいいが、こうしてヘコんでいる顔も可愛い。本人は気付いてないだろうが、母性本能をくすぐる。
「で、引き受けるんですよね?」
 ピラウの確認に、力なくコクンと頷いた。
「もう、仕方ねえ・・・」
 もう一度、電話の受話器を取る。電話番号はメモなど見なくても記憶しているのだろう。
「・・・東方司令部のエルリックですが、内科のサウザ先生お願いします」
 どこかと思えば、看護師たちでさえよく知っている、エドワードの親友の内科医のところだった。
「おう・・・ちょっと頼みが・・・」
 受話器から漏れ聞こえてくる声は、相変わらず豪快だ。
「ちょっと弾みでな・・・」
 言いにくそうに、先ほどまでの電話の状況を説明すると、受話器から盛大な笑い声がした。
「笑うんじゃねえよ。仕方ねえだろ。でな、おまえ、オレの次に研修生引き受けてくれ。だって、せっかくオレが仕込んだのに、これで脱落されたらオレの時間の無駄じゃん。適正ないようだったら、オレんとこでアウトだし。いいか?サンキュー!」
 どうやら決まったようだ。
 この前向きな対処が、エドワードの魅力の一つでもある。
 一度決めたら、とりあえず前に進むよう努力する。
 電話する前とは打って変わって明るくなった声で挨拶して、受話器を置いた。
「良かったですね。あ、コーヒーのお代わり、いかがです?」
「うん、もらう。ホント、良かったぜ。これで、オレも安心してやれる」
「でもー・・・弟さん、先生が残業続きになると寂しがるかもしれませんねー」
 ピラウの言葉で、エドワードのカップを持とうとした手が止まった。
「だって、エルリック中佐、先生のことが大好きですもん。寂しがりますよ、また」
 その最後の「また」に、重みがある。
「アル・・・どうしよう・・・」
「いえ、そんなに悩むことでも」
「いや!だってあいつ、怒ると怖ぇんだもん!オレが自分から引き受けたって聞いたた、もう・・・」
 せっかく浮上した表情が曇る。
 そんなにダメなことなんだろうか?
 看護師たちの表情にも疑問が浮かぶ。
 司令部でブラコン1、2位を決める兄弟で、ブラコンこじらせたら右に出る者はいないとまで囁かれている兄弟だけれど、仕事上の残業や休日出勤で、そんなに怒るものなのだろうか?
 聞こうにも、その軍医殿は先ほどまでの勇ましさはどこへやらで、青くなったり赤くなったりしている。
 いつか聞ける時が来るのだろうか?
 余計なことは見ない聞かないしゃべらないをモットーにしているピラウとトリアでも、今後もきっと忘れられない疑問になった。


終わり。

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