今日の兄さん(2013年)

□12月5日
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 赤や黄色に染まる木々に彩られ、まさしく秋の山という風情に囲まれていた。
「約束が違います」
「そう言うなって。景色ばっかりより、たまには可愛い子たち撮ったほうが金になるだろ」
 憤りを隠さないアルフォンスに、この撮影会を依頼した張本人は、しれっと言った。
「お金なんか、どうでもいいです。僕は人物は撮らない」
「けどよ、ここまで来ちゃったんだから仕方ねえだろ?ダリウスちゃんもジェルソちゃんも、おまえに撮ってもらいたいってノリノリなんだぜ?」
「お断りします。だったら、あなたが撮ればいいでしょう?こんな騙し討ちみたいなやり方・・・」
 アルフォンスは風景しか、というか人物は撮らないというのは業界でも周知のことだった。
 それを今回は、人気アイドルKMR48のトップ二人がそのアルフォンスの写真のファンだということで、撮影の指名カメラマンにされたということらしい。
「あーあー、いいよもう。別のカメラマンに撮ってもらうから」
 大方、アルフォンスが拒否することも予想していたのだろう。
「ええ、それなら早く言ってくださいよ。僕はこの仕事、下りますから」
「けどな、それなら帰りは自分でなんとかしろよ。仕事しねえヤツを、わざわざ連れて帰るほど、ヒマじゃねえんだよ」
 車椅子の人間を騙して山奥まで連れてきたくせに、この言い草か。
「・・・いいですよ。僕は僕で帰ります」
 車椅子をクルリと方向転換させて、撮影隊に背を向けた。
 しかし、それはそうと、ここはどこなんだろう。
 山を下って道路に出れば、民家もあるだろうが、生憎こちらは車椅子の身の上だ。闇雲に動けば、身動き出来なくなる可能性もある。
 幸い携帯電話の電波は届くようだが、タクシーを呼ぶにも場所がわからない。
「まったく・・・」
 ふう、と溜め息をつきながら、メールを送った。



 そろそろ周囲は夕焼けに包まれる。
「そろそろ終わりにするか」
 そんな声が聞こえてくる。撮影隊が帰るのだろう。
 ふと、アルフォンスは自分のカメラバッグからカメラを出して、シャッターを切った。
 スタッフたちの、アルフォンスを見る視線はチラチラ感じるが、そんなことに動じるアルフォンスでもない。
 むしろ、この山々の夕焼けや日没に夢中になっていた。
 人間が、逆立ちしても作ることが出来ない、自然だからこその壮大な景色には、何者も叶わない。
 やがて、辺りは一層暗くなってきた。
「寒いな」
 こんなことなら、ダウンジャケットでも着てくればよかった。
 山の寒さは、血流が不自由なアルフォンスにとってなかなか堪える。
 こんなことになるなんて、考えても見なかった自分に舌打ちした。これからは、もっと慎重にならなければ。
 と、その時、眩しいくらいの光がアルフォンスを照らした。
「アルフォンス!」
 車のエンジン音と共に、耳に心地よい声がアルフォンスを呼ぶ。
「兄さん。わかってくれたんだね」
「ああ。GPSって役にたつよな」
 アルフォンスのメールを読んだエドワードが、慌ててパソコンで追跡して来てくれたのだ。

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