letter

□it's a small world
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その日学園は転校生の噂で持ちきりだった。

ご多分に漏れずかをるのクラスもその噂で盛り上がっていた。



こんな中途半端な時に転校してくるのは珍しいがないことではなく殊更騒ぐことではない、

しかしそれは去年までのことだったらの話だった。




かをるの通う聖譚学園は中高一貫教育のミッション系女学校で

編入は中等部のみである為ほとんどの例外を除いては

高等部に転校生が来るのはかをるが知ってる限り初めてのことだった。






浮き足立つクラスメイトを横目に

かをるはぼうっと空を眺めていた。


元々人への興味が薄いかをるには転校生だろうがどうでも良かった。


そしてそのことがかをるに麗しの君などと学園の噂になっていることも

他にも青潭の君や真紅の君の二人がいることもどうでも良かった。




どうにも興味が向かなかった。







ふと視界の端に何かがちらつき視線を向けると


朝の礼拝を行うシスターマザーと

もう一人その後ろに小柄な人物が歩いてくるのが見えた。


転校生だろうかと少し気になり眺めていると
その小柄な人物が顔を上げ

目が合った。


一瞬のことにも関わらず長い時が確かにかをるを流れた。


髪の短い子だった。

どことなく小動物を彷彿させるような姿でじぃっとこちらを見つめていた。


得体のしれない甘い痺れが体を走る。

高鳴る鼓動を感じた。


しかしあくまでそれは一瞬ですぐに彼女はシスターマザーを追いかけ

視界から消えていった。










朝の礼拝を終えチャイムが鳴り授業が始まる。

今日は聖書の授業だった。かをるはまりこの授業が好きでなかった。




シスターマザーが静かに教室に入ってくるとその後ろにあの少女が続いて入ってきた。



「皆さん。おはようございます。今日は始まりの前に転校生を紹介します。さぁ、碇さん」


「は…はい。い…碇です。よろしく…お願いします。」


窓際の後ろのかをるの居るところまで耳を澄ませてようやく聞こえるぐらいのか細い声だった。


所在無さげに目を彷徨わせ強くスカートを握り締めている。

その必死な様子にかをるはどこか胸が締め付けられるような思いがした。


艶やかな黒髪はもったいないことに短く揃えられ、折れそうな程細い手足と、


深い青の瞳

この手で守りたい、そんな印象の女の子だった。



「碇さんの席は…」


「シスターマザー、ここが空いております。」

「ああ、渚さんありがとう。さあ碇さん。渚さんよろしければ碇さんに学校を案内してあげてね。」

「はい。」



シスターマザーに優しく背中を押されゆっくりと彼女は歩いてきた。

周囲の好奇心に伏せられた目は不安にゆれ

近づく距離に緊張で体が強ばっていくのがありありと見てとれた。


ようやく渚の隣の席にたどり着き窺うように顔を上げ口を開いた。

「あ、あの」

それをかをるは艶やかな笑みで遮り挨拶を述べた。

「ようこそ聖潭学園へ、碇さん。初めまして渚かをるです。これから宜しくね。」


弾けるようにぱっと顔を上げた彼女はそれか
ほっとして頬を朱に染め柔らかな笑みを浮かべた。


小さな固いつぼみがぱっと花開いたような

純粋な愛らしい笑顔だった。



「よろしくお願いします。な、渚さん。」




胸の甘い痺れの正体を知るにはもう十分だった。
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