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□紅いびいどろ
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今日はいつにもまして世界が五月蝿く感じられた。


はぁ…と吐いた物憂げな溜め息が身体中にまとわりついて蝕み、息苦しさに目眩がする。

イヤホンをきついほど耳にねじ込むとその少年――碇シンジは気だるい体を引きずるように家路を急いだ。


暑い夏の昼下がり、空は抜けるように青く

少年の世界はどこまでも灰色にまみれていた。



見上げた青に顔をしかめこのまま消えるようにいなくなりたいと強く思った。














碇シンジ、大学一年生、一人暮らし。

内向的で口下手な性格故に友達は少なくその友達すら知り合いとよべなくもない希薄な関係だった。


それを悲しいと思う気持ちはとうに失せいつしか人に関わるのが面倒で避けるようになってた。



ようやくアパートの姿が視界に入る所までくるとシンジは異変に気づいた。


何か白いのがアパート付近にある。






気になって早足で近づくとそれは人だった。


美しいという形容詞に足る容姿だった。

陽射しに透けてきらめく珍しい白い髪と

整った目鼻立ちは誰もが振り返って見てしまうことを容易に想像できて


地味な自分との違いに少しだけ世の中の不公平を恨んだ。



「それにしてもなんでこんな所に人が倒れてるんだろう…」


見たところ目立った外傷はなく服装も綺麗だし顔色も悪くない。

少し躊躇ったが肩を揺さぶり声をかけた。


「あの…あの…大丈夫ですか?」


幾度目かの呼びかけの後に、んんっとくぐもった声と共に上半身を起こし顔を向かい合わせた。














「あ…」


ぽたりと落としてしまった血のような

零れる夕陽のような


ただただ紅い緋色の瞳がシンジを見つめた。



「あ…」


見とれて無意識にまた同じ声をもらし、

そのことに気づいたシンジは誤魔化すように早口で先程と同じ質問を投げかけた。




「あっ…ああの、大丈夫ですか?」


問いかけに緋色の瞳は呆けたようにシンジを見つめていたがやがてゆっくりと口を開いた。








「碇…………シンジ君……?」



「えっ…」


イヤホンから流れ出る音の中真っ直ぐ届いたその声は疑問符がついたものだったが

しかし矛盾するように確信めいた響きだった。





そして何故か嬉しそうに微笑みシンジに向かってバタリと倒れた。








「えっと・・・・どうしよう」


シンジの腕の中には白髪の少年。

自分の方へ倒れてきた彼を受け止めたはいいが

どうしたらいいか分からず途方にくれていた。



彼からかほんのり潮の香りがする。海から来たのだろうか。



「それにしても何で僕の名前知ってたんだろう・・・」


こんな目立つ人は記憶に全くない。

街で見かけたとしてもこんな風貌なら目に留まるはず。


彼の人物は寝てても美しい顔で

規則正しい呼吸を続け一向に目を覚ます気配はなかった。

いつまでもこんなところにいても邪魔になるし、

埓があかないのでシンジは彼を自分の部屋に連れて行くことに決めた。


自分の名前を知ってるということは

何かしら知り合いであるかもしれない可能性も捨てきれなかった。




















ああ



「人って・・・・・・・こんな・・・温かかったけ・・・・・・・」



久しぶりに触れた人肌はじんわりとシンジの体に染み渡り


どうしてだか切なくなった。
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