脱色N

□波にのまれる
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※会社員×高校生




真っ青な海水が静かに揺れている。遠くへ引いてはこちらへ寄って。白い泡だけを残して行き来するも、それは安らかで緩やかだった。

しかしそれは次第に大きな動きに変わり、画面全体をぐらぐらと揺らすように波が立った。

強く揺さぶられる感覚に意識が光の如く浮上し、スタークは瞼を開けた。



「………」

「ったく、やっと起きたか」
「…ああ」
「……」
「……」
「疲れてんの」
「ん、まあな」
「ふーん…」
「大人は何時だってそんなもんだ」
「餓鬼で悪かったな」


寝返りをうってスタークに背を向ける。程好く焼けた筋肉質な背中。張った肌が若々しいが、それはまだ大人と呼ぶには幼すぎて。所々小さな傷が走っているのを見た限り、まだまだヤンチャしてるのだろうとスタークは聞こえぬ様に笑った。


「不貞腐れんなよ」
「不貞腐れてねェ」
「機嫌直せ」
「じゃあ小遣い頂戴」
「…は?」
「餓鬼に金くれんのが大人の印だろ」

グリムジョーは顔をしかめ、イーッ!と鋭い歯を剥き出す。

“大人は嫌いだ”

そう言っている様に見えた。


「…可愛くねぇ」



***




ベッドから一歩も出ないで、スタークはただ機械的に煙を肺に運んでいた。
暫く眺めてたけど俺も吸いたくなって、床に投げ捨てられた制服の尻ポケットへ手を突っ込む。
けれどぐしゃぐしゃになった箱には一本も残ってなくて、そういえば先日ノッポの悪友にやって切らしていたんだと舌打ちした。


「スターク、俺も」
「駄目」
「はぁ?いいだろケチ」
「煙草とお酒は二十歳から」
「…テメェ…先公か」

ギロリと睨み付けるも効果なし。毎度のことだ。この手の脅しはスタークに効かない。

大体、本格的に吸うようになったのはあんたのせいなんだっつの。

かっこよかった。
火を点ける時の照らされた横顔が、煙草を運ぶ右手が、吐き出す瞬間の口許が。
ただただ、かっこよかった。

同じことを繰り返すロボットみてぇな動きが逆にいい…って言ったら、

『俺の同僚でさ、すげぇ美味そうに吸う奴がいんだ。女なんだけど、かっこいいんだよ』

俺なんかより断然イカしてるぜ、
そう微笑しながらあんたは言ったんだ。

(羨ましい。んで、疎ましい)

俺も煙草吸ったら、あんたみてぇにクールになれると思った。
そんで、その女よりもっとかっこよく吸ってやろうと思った。


俺の届かない世界に少しでも近づこうと背伸びしたんだ。


つまり、テメェのせいなんだよ。


「若ぇ内にガンガン吸ってっと運動機能落ちるぞ」
「けっ。自分だって吸ってたんだろが」
「吸ってないよー残念」
「…ホントかよ」
「寝てただけ」
「今もな!」
「おいおい。俺、汗水垂らして頑張ってるよ。疲れてるよ」
「…じゃ寝とけ…っ」

タオルケットを投げつけたらイイ感じに顔面直撃。ざまぁみろ。



ベッドから降りて、どちらのか分からない程乱雑に散らばる服を床からつまみ上げた。

「……」

このYシャツは、俺のじゃない。洒落たストライプの織り目は入ってないし、もっともっとボロい。…血ぃついてるし。

(スタークの、)

仄かに香る苦さと甘さ。煙草と香水。
これは確かに今俺の腕の中にあるのに、分厚い壁を一枚挟んだ向こう側から香っているみたいだった。

スタークが急に知らない奴になった気がして、手放されるんじゃないかと思って、よく分かんねーけどモヤモヤする。

(もっと俺を見ろよ。振り向けよ)

どうすればその余裕を崩せる?
ダメ元で、やってみようか。


スタークのシャツを羽織る。
身長はあんま変わんないから、裾は俺の股下ギリギリ。勿論下にボクサー履いてっけど。袖は少し長くて指先まで隠れてしまう。やっぱ、俺より少しでかい。
シャツの前を一つだけとめて、完成。

「……」


男はこれにぐっとくる。俺も同感。

問題なのは俺が男なところと、相手がスタークってところ。
浮かぶのは奴の呆れた顔。
『餓鬼じゃねーんだから』

ダメ元とか言いつつ挑もうとするのは心のどこかで少し期待しているから。または俺が馬鹿だから。



「スターク」


いつもより甘えて呼んでみた。


「なーに」

スタークが煙を吐き出しながら振り向いた。


「……」


目が合う。
ここで、こう笑う。

「……」

(俺も器用になったな…こいつ以外じゃ絶対ぇしねーけど)

「……」


口から吐かれていた煙が止まった。


(……?)

無言。無言。無言。
苦笑いを浮かべているであろうと予測した口許は石の様に固まっている。
つか、顔全体…体全体が彫刻みたいに。


(なんか言えよ)

あー。自分から仕掛けといて恥ずかしくなってきた…。顔に熱が集まるのが、分かる。


「…え、なにそれ」
「…は?」
「どういうつもり?」
「……」

意味が分からず頭傾げたらスタークは煙草を灰皿で揉み消して溜め息を吐く。

「俺、お前のそういうとこ嫌いだわ」
「なにが」
「引いて寄っての繰り返し」
「はぁ?」
「突き放したり甘えたり、どっちだよ」
「ーだって、お前が!」
「…ま、嫌いってか、そこに惚れたんだけどさぁ」

…ありえねぇ、まじ!!


「俺だってなァ…あんたの大人の余裕ってのが、嫌いで!でもそこに惚れたんだっつの!」
「泣くかそこで?!」
「るせぇよ!お互い様ってことだ!」
「いーやそっちのが質悪い…!お前のお陰で俺の心は惚けの大災害だよ!」




【 波にのまれる 】



「シャツ脱げっ」
「あんたもこれには弱いのか…!」
「お前だからだよ!」





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