脱色N
□ピーターパン症候群
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「あ、ノイトラ!ストップストップ!!」
流れに逆らいブレーキをかけた車輪はギリギリと音をたてて止まった。
「うっわ。ゴム磨り減った最悪」
「悪ぃ、ちょっと待ってろ」
「ったく、なんだよいきなり!」
グリムジョーは後輪から飛び降りると近くにあった自販機まで駆け寄った。
小さく舌打ちして車輪を一瞥すると自転車を停めてノイトラも近寄る。
シャンシャンと腕輪がぶつかり合った。
「お前のそれ、近所迷惑だよな」
軽口を叩く悪友を無視してノイトラは先にボタンを押した。
「おい!」
「っせー。チャリの車輪代だ」
「ケチくせェ野郎!」
大きな体を折り曲げ落ちてきた缶を掴む。グリムジョーは再び小銭を投入すると今度こそお目当ての物を手にした。
「なあ。これ、知ってたか」
黙って隣を見上げる。ノイトラは悪戯っ子のような笑みを浮かべながらつり銭用のレバーに手を伸ばしていた。それを捻り続け暫くすると自販機のボタン全てに『売切れ』のランプが点滅された。グリムジョーは歓喜の声をあげる。
「知らなかった!!」
「物によっちゃあここのバックライトが点くやつもある。夜だと意味ねーけど」
「すげーな、面白ェ!」
「小学生の頃、上級生の奴が教えてくれた」
「お前にも交流あったんだな…いてっ」
『売切れ』のランプが消えるのを見守り二人は離れた。
「行こーぜ」
「おい、運転してる俺はどーなんだよ。先に飲んでからだ」
サドルに腰掛けノイトラは缶を振る。一連の動作を眺めていたグリムジョーは自販機の隣にガラ悪く座りこむと言った。
「その振るとゼリーになるやつ、初めて見た時は仕組みわかんなくってよ」
「振ると中身の粉だか液体だかが混ざってゼリーが出来上がると思ってた」
「俺も!魔法みたいだって喜んでた自分も餓鬼だったよな」
「そんな可愛かったお前は今じゃこんなヤンキーに」
「テメェに言われたかねーよ!」
二人は身に付けている金属やら装飾品を鳴らしながら笑った。
「そういや…英語の課題やったか」
「聞かなくてもわかんだろ。その冊子すらなくしたわ」
「あーあ、お前終わったな!」
「は?!」
「あれ、提出しねーと成績いっこ落とすって」
「まじかよ?!やべーじゃねーか、卒業出来ねー!」
真っ青になるノイトラを他所にグリムジョーはぺったんこでボロボロの学生鞄から一冊のノートを取り出すと、鋭い八重歯を光らせる。
「これ、なーんだ?」
「…ま、まさか」
「はっ!ウルキオラ様々だぜ!ここに答え、全部載ってるぜ?」
「うぉぉおお!よくやったグリムジョー!」
ノイトラはつり目をより一層細めて浅葱色の頭をぐりぐりと撫で回した。
「よくあの堅物から借りれたな!」
「いや、逆逆。あいつから貸してきた。つーか成績下がるって教えてくれたのウルキオラだしな」
「はぁ?!」
「貸してやるから必ず提出しろ、だってよ。あまりに目がマジだったから素直に借りといた」
大きな翡翠色の目玉を見開き迫る優等生と押し黙るこのグレた友人とのやり取りを想像し、思わず吹き出す。
「ひゃはは!ウルキオラ野郎、幼馴染みのお前ぇが心配でたまんねーんだろうな!」
「いやいや超怖ぇから!あの目に捕まったらヤクザも裸足で逃げ出すぜ」
「こえーこえー!しかも空手やってたんだろ確か」
「ああ、一緒に習ってた。あいつ昔からあーだぜ」
腹を抱えて一頻り笑うと握り潰した缶をゴミ箱へ放り投げた。
「んじゃ、そのウルキオラ様のお力にすがって…俺達も勉学に励むとすっかな」
「卒業目指してな」
ガチャンとスタンドを上げて跨がるとグリムジョーも腰を上げる。
「後ろ、立つの疲れた」
「はぁ?テメェの為にわざわざそれ買って取り付けたんだぞ!」
「そうでしたすんません」
ペットボトルを投げ捨て、鞄を篭に放ると後輪に足をかけた。ノイトラの肩を掴むと口角をあげた。
「ジルガ号、発射ァ!」
「うっせーよ!つか指輪肩に食い込んでる!」
「しょーがねーだろ。つか早く帰って課題写さねーと終わんねェぞ」
グリムジョーに聞こえるよう大きく舌打ちするとノイトラはペダルをぐんっと踏み込んだ。次第に加速していき二人は風に包まれる。
「…なー!!」
「あー?」
「月って…!どこに居たって見えんだろ!」
「あー!」
「だからさー、幼稚園の頃…?!月が俺についてきてるってびびってた!」
「ひゃはは!弱虫グリムジョーか!」
「シバくぞテメェ!!」
「いってー!もうシバいてんじゃねーか!」
太陽の通りすぎた東の空に浮かぶ薄い月。それからもう沈みかけている西の夕焼けを交互に眺めながらグリムジョーは声を張った。
「ノイトラぁ!」
「あんだよ!」
「餓鬼の頃に、戻りてーな!!」
ノイトラもまた、夕日に目を細める。
「早く卒業して!大人になりてーって思ってたけど…!餓鬼に戻るのも、悪くねーと思わねー?!」
「…確かに!」
「俺の言いてぇこと、分かるかノイトラ!」
「課題より、ゲーム!…だろ!!」
二人の雄叫びが響いた。
【 ピーターパン症候群 】
次の朝、幼馴染みの優等生に目一杯叱られる二人がいたそうな。
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