脱色N
□辞書をひく癖をつけよう
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「……?」
ふと意識が浮上して窮屈な心地悪さに気付く。重い瞼を持ち上げ、軋む目玉だけを動かした。
「っ!?」
懐にあったのは、寝起きには眩しすぎる浅葱色。スタークは身を硬くした。
いつの間に侵入を許したのだろうか。
彼は眠っていながら、眠ってはいない。
爆睡している様に見えて常に意識を張り巡らしていた。それは命が途絶える音さえも拾う。
自分の小さな分身が隣で眠っている時も、無意識に彼女を守る為、気を抜いたことはない。無論、独りの時も。
だから今の状況はスタークを驚嘆の地へと叩きつけると同時に、彼に小さな幸せを与えていた。
(どんだけ気ィ許してんだよ、俺)
新しい空気を肺一杯に溜め込みゆっくりと吐き出すと、グリムジョーの頬を撫でた。
「グリムジョー…」
だが、小さく身動ぎしただけで目は覚まさない。それどころか“1”と印されたスタークの大きな手に鼻の頭や額を押し付けてきた。
猫としか言い様のないその所作に思わず笑みが溢れる。愛しくて愛しくて、堪らない。
そしてスタークはその通った鼻筋に手をやると、ぎゅっと摘まむ。暫しして「ぐっ」と言う息苦しそうな音の後にグリムジョーは飛び起きた。
「おはよ」
「!!!」
グリムジョーの頬が染まる。気まずそうに頬を掻いて小さな返事をした。
「いつ来た」
「30分前…」
「そうか」
「…あーあ」
「…なに?」
口をひん曲げるグリムジョー。至極残念そうな表情に首を傾げる。
「いつもバレる前に退散してたのに」
スタークの虚ろな瞳が見開かれた。
「いつも?」
「気付かれねー様に忍び込んで、気付かれねー内に帰る」
「おい、いつもってなんだよ!」
「いつもはいつもだろーが」
「毎日」
スタークは掌で顔を覆った。
今日だけではない。この自分が何度も侵入を許していた。
(おいおい、勘弁しろよ!)
ぐいっと掌を退かされると、唇と唇が触れ合った。リップ音をたてて離れたグリムジョーは言う。
「怒った?」
小首を傾げ、機嫌を伺うグリムジョー。
ただそれだけで、スタークは全てがどうでもよくなった。
グリムジョーの首に腕を回し、こちらへ引き込む。倒れ込んだ愛しい人を抱き締めた。
(藍染様にだって、ご機嫌取りしねーのにな。俺にはするんだ、してくれんだ)
「なぁ、怒ったのか」
「抱き枕は喋るな…」
「…抱き枕じゃねぇ!」
「はいはい。俺の嫁ね」
「よ、」
ーー嫁ってなんだ。
怒鳴ろうとしたグリムジョーだったが出来なかった。
熱の籠った、愛の籠った優しいアイスブルーの瞳に真っ直ぐ見詰められる。
何を言われてる訳でもないのに、それだけでまるで愛の言葉を囁かれている様な、そんな気持ちになった。
「…ちゃんと、言えよ」
「なにを?」
「き、気持ち!」
「あー…無理」
「はぁ?!こ、こういう時くらい言えよ!!いつも言いたがらねーんだから!」
「ちげーって。言いたくないんじゃない」
「じゃあ、なんだよ!?」
「言えねーんだよ」
「俺のお前への気持ちは、俺の持ってるボキャブラリーじゃ表現しきれねぇ」
辞書ある?
スタークが淡々と尋ねるとグリムジョーの鉄拳が飛んだ。
「うっわ、危ね…なに、DV?」
「ちげーよ。俺なりの愛情表現の一つだっつーの」
「顔、真っ赤だぜ」
「……っ」
「いてっ」
「ざまーみろ」
「キスするぞ…」
「…すれば?」
「…あれれ。おかしいな、そこ嫌がるとこじゃねーの?」
「嫌がってほしいのかよ」
「いーや、泣いちゃう」
「いい大人が泣くとかあり得ねーな」
「イイ大人?ありがとよ」
「意味すり替えんな!!」
“6”の数字に手を添える。
「でも、イイ男にはかわりねーだろ」
「馬鹿じゃねーの」
「引いてみろよ。グリムジョー大百科で」
「なんだそれ」
「《コヨーテ・スターク》第1十刃。俺の旦那。イイ男。死ぬほど愛されてる」
「足りねーなァ、一文」
「え?」
「…死ぬほど愛してるって」
【 辞書をひく癖をつけよう 】
「…今日は自棄に甘えん坊だな」
「スタークの辞書に載ってねーの?『グリムジョーは好きな奴にのみデレる』って」
「お前だけで5ページ以上あるからな。記入漏れかも」
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