脱色N

□辞書をひく癖をつけよう
1ページ/1ページ



「……?」


ふと意識が浮上して窮屈な心地悪さに気付く。重い瞼を持ち上げ、軋む目玉だけを動かした。


「っ!?」


懐にあったのは、寝起きには眩しすぎる浅葱色。スタークは身を硬くした。
いつの間に侵入を許したのだろうか。


彼は眠っていながら、眠ってはいない。
爆睡している様に見えて常に意識を張り巡らしていた。それは命が途絶える音さえも拾う。

自分の小さな分身が隣で眠っている時も、無意識に彼女を守る為、気を抜いたことはない。無論、独りの時も。

だから今の状況はスタークを驚嘆の地へと叩きつけると同時に、彼に小さな幸せを与えていた。


(どんだけ気ィ許してんだよ、俺)



新しい空気を肺一杯に溜め込みゆっくりと吐き出すと、グリムジョーの頬を撫でた。

「グリムジョー…」

だが、小さく身動ぎしただけで目は覚まさない。それどころか“1”と印されたスタークの大きな手に鼻の頭や額を押し付けてきた。
猫としか言い様のないその所作に思わず笑みが溢れる。愛しくて愛しくて、堪らない。

そしてスタークはその通った鼻筋に手をやると、ぎゅっと摘まむ。暫しして「ぐっ」と言う息苦しそうな音の後にグリムジョーは飛び起きた。


「おはよ」
「!!!」


グリムジョーの頬が染まる。気まずそうに頬を掻いて小さな返事をした。


「いつ来た」
「30分前…」
「そうか」

「…あーあ」
「…なに?」


口をひん曲げるグリムジョー。至極残念そうな表情に首を傾げる。


「いつもバレる前に退散してたのに」


スタークの虚ろな瞳が見開かれた。

「いつも?」
「気付かれねー様に忍び込んで、気付かれねー内に帰る」
「おい、いつもってなんだよ!」
「いつもはいつもだろーが」


「毎日」


スタークは掌で顔を覆った。
今日だけではない。この自分が何度も侵入を許していた。

(おいおい、勘弁しろよ!)


ぐいっと掌を退かされると、唇と唇が触れ合った。リップ音をたてて離れたグリムジョーは言う。

「怒った?」


小首を傾げ、機嫌を伺うグリムジョー。
ただそれだけで、スタークは全てがどうでもよくなった。

グリムジョーの首に腕を回し、こちらへ引き込む。倒れ込んだ愛しい人を抱き締めた。


(藍染様にだって、ご機嫌取りしねーのにな。俺にはするんだ、してくれんだ)



「なぁ、怒ったのか」
「抱き枕は喋るな…」
「…抱き枕じゃねぇ!」
「はいはい。俺の嫁ね」
「よ、」

ーー嫁ってなんだ。
怒鳴ろうとしたグリムジョーだったが出来なかった。

熱の籠った、愛の籠った優しいアイスブルーの瞳に真っ直ぐ見詰められる。
何を言われてる訳でもないのに、それだけでまるで愛の言葉を囁かれている様な、そんな気持ちになった。


「…ちゃんと、言えよ」
「なにを?」
「き、気持ち!」
「あー…無理」
「はぁ?!こ、こういう時くらい言えよ!!いつも言いたがらねーんだから!」
「ちげーって。言いたくないんじゃない」
「じゃあ、なんだよ!?」
「言えねーんだよ」

「俺のお前への気持ちは、俺の持ってるボキャブラリーじゃ表現しきれねぇ」


辞書ある?
スタークが淡々と尋ねるとグリムジョーの鉄拳が飛んだ。


「うっわ、危ね…なに、DV?」
「ちげーよ。俺なりの愛情表現の一つだっつーの」
「顔、真っ赤だぜ」
「……っ」
「いてっ」
「ざまーみろ」
「キスするぞ…」
「…すれば?」
「…あれれ。おかしいな、そこ嫌がるとこじゃねーの?」
「嫌がってほしいのかよ」
「いーや、泣いちゃう」
「いい大人が泣くとかあり得ねーな」
「イイ大人?ありがとよ」
「意味すり替えんな!!」


“6”の数字に手を添える。


「でも、イイ男にはかわりねーだろ」
「馬鹿じゃねーの」
「引いてみろよ。グリムジョー大百科で」
「なんだそれ」
「《コヨーテ・スターク》第1十刃。俺の旦那。イイ男。死ぬほど愛されてる」
「足りねーなァ、一文」
「え?」
「…死ぬほど愛してるって」




【 辞書をひく癖をつけよう 】



「…今日は自棄に甘えん坊だな」
「スタークの辞書に載ってねーの?『グリムジョーは好きな奴にのみデレる』って」
「お前だけで5ページ以上あるからな。記入漏れかも」



.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ