記念小説

□アンダーワールド
2ページ/7ページ




「一護、よい月夜だしあそこへ行きたい」

「分かった」



ルキアを抱き上げるとそのまま一護はバルコニーから飛び出した。



深い森の中、花畑が広がる丘がある。
幼い頃、二人で見つけた秘密の場所。


白く小さな花が月明りを浴びて幻想的な景色を広げている。

もっとも外灯もなくそう見えるのは二人が闇の眷属だからであって、これが普通の人間ならばいくら月明りがあったとしても暗い森の中、何も見えはしないだろう。



「よい香りだ。何時来てもやはりここはいい」


その花の芳しい香りを胸一杯に吸い込みながらルキアはくるくると踊るように花園の中を軽やかに回った。

そのまま後ろへ倒れたルキアの元へ慌てて駆け寄った一護に、クスクスと悪戯っ子のように笑うルキアは「ほれ頭が痛いぞ」と膝枕を要求した。



「たっく、ドレスが汚れるぞ。この跳ねっ返りめ」


「そうしたらお前が洗ってくれるだろう?私のドレスは日の光をたっぷりと当てて乾かしてくれよ。次に着る時、太陽の温かさを感じられるように」



無駄な事だと、ルキア自身百も承知だ。


例え僅かに太陽の痕跡が残っていたとしてもヴァンパイア自身の放つ力が昼の存在を一切掻き消してしまう。

望もうと、望まぬとに関わらず―――



「此処も昼の光の中ではまったく違って見えるのだろうな。なあ、一護。昼と夜、この丘はどちらの世界の方が美しく見える?」


ルキアはこの質問を何度も一護に尋ねる。
一護は昼の中でも自由に動く事の出来る人狼。


ルキアは昼の世界に強い憧れを抱いている。
それはヴァンパイアにとっては危険この上ない思想で、これまでの長い歴史の中でも昼の世界に憧れる余り無謀にも旅立って行った変わり者はいた。・・・当然の事ながら二度と帰っては来なかったが。


ルキアが自分を置いて無謀な事はしないと分かってはいるのだが、一護の心配は尽きない。



「夜の方がきれいだ」



ルキアに毎度そう答えると、「どうせ私に気を遣っているのだろう」とむくれる。


・・・嘘ではないんだけどな。

昼に一人で此処に来るよりも、夜二人で訪れる時の方が日の光の中で見るよりも遥かに輝いて美しいのだ。



「仕方がないからお前のオレンジの髪で我慢しておく」


そう言ってルキアは膝枕をしたまま一護に両手を伸ばした。



「ああ、俺で我慢しておけ。俺の全てはお前のものだよ、ルキア・・・」





***




「・・・ルキアが?」


「はい、恐れながらお館様、いささか一護がお嬢様に近づき過ぎているのではないかと・・・。同族として見過ごせないのです」

自分の抱える人狼の中でも末席にいる下僕か
らの申告に、ルキアの父でありヴァンパイア一族の長でもある屋敷の主は眉をしかめた。


「一護はルキアの人狼だ。あ奴が親身にルキ
アの世話をするのは当然の事ではないか?」


「し、しかしお館様、私は見たのです。二人が仲睦ましく森の奥へ消えて行くのを・・!」


「黙れ!貴様、我が娘を侮辱するのか!?誇り高い我が一族が人狼ごとき卑しい獣と心通わせる訳なかろうが!もうよい、下がれ!」

主の逆鱗に触れ、下僕は逃げ出した。



何とバカな事を・・。そんな事がある訳がないし、あってはならぬ事だ。

しかし―――ふと疑念が心を過ぎる。

ルキアはこれまで側使いの人狼を一護以外置かず、増やそうとはしなかった。


今まであまり気にも留めていなかったが・・・まさか・・・。




次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ