記念小説
□トライアングル・コンプレックス
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番外編
「ツインズ・コンプレックス」
黒崎一護、15歳。
現在中学三年生。進路選択中の受験真っ只中。
人生の岐路に立っているわけで、思春期と反抗期もついでに真っ只中。
それは月白、俺の双子の弟も同じで、白はもっぱらケンカで発散させているようだ。
俺はというと、上手く発散する事が出来ず、もやもやとした日々を過ごしていた。
一番は進路の悩み。
進学以外は考えられないが、どの高校へ進むかで頭を悩ませている。
将来、何かを目指しているとか、何になりたいとかまだなんにも考えていないしそんなビジョンもない。
ただ受験生だから勉強して、テストを受けて、自分が進む学校を考える。
正直どうでもいいと、流れに身を任したい反面、そんな何も考えていない自分に苛々が募る。
そこそこ勉強も出来て、スポーツも出来て、腕っ節も強い。
同級生からはたまに「うらやましい」と言われる事があるが、その度に憂鬱な気持ちは増すばかりだ。
うらやましい、俺が?何か飛び抜けて出来る訳でも、秀でたこれという才能もないのに。
将来の叶えたい具体的な夢があれば、そこに向かって進んで行けるのだろうが。
だが、生憎今は未だ見つけられていない。
そこそこの学校に進学して、そこそこの仕事に就く。
そんな薄っぺらな人生しか思いつかなくて、苛々が更に募る。
本当にうらやましいというのは、白のような人間だ。
勉強も、スポーツも、腕っ節も。俺は白に勝てた試しがない。
しかもあいつは努力もせずにさらりと何でもやってのける。
もし、俺が白ぐらいなんでも出来る人間だったら、無駄に悩む事もなく先を切り開く事ができるのだろうか・・・。
「進路?」
「ああ、白はどこの学校行くつもりかもう決めてるのか?」
自分のはっきりとしない進路を棚に上げて聞いてみた。
「別に・・どこでもいい。興味ないし」
「どこでもいいって・・・。自分の事だろう!?もうすぐ進路希望だって出すし」
「あー?そういや、こないだ担任もごちゃごちゃ煩い事言ってたな」
「何て?」
「k大付属をしつこく勧めて来て、絶対受けろって煩くてさー。うんざりしたぜ」
「k大付属なんて凄いじゃないか!」
k大付属はかなりレベルの高い有数の進学校だ。今の俺では候補に入れることも出来ない。
そんな所を進められる白が、何だか遠く感じた。
きっと、白は軽々と合格するだろう。
「――で、お前はどこ受けるんだよ」
白に聞き返され、ぎくりとした。
「・・・俺はまだ考え中だよ」
「何だよ、自分だって決めてないじゃねえか」
「お前と一緒にするな」
変わらないと言う白に、無性に腹が立った。
悩んでも考えても将来の答えが、歩む道が見えずもがいている自分。
もし見つけたとしても、あがいたって手が届かないかもしれない。
白は望めばどこにだって、何にだってきっとなれる。
同じなんかじゃない、白はその気になれば何でも手に入れられるんだ。
同じ時に生まれた一卵性の双子。
寸分違わぬほどそっくりなのに、どうしてこんなに違うのか・・・。
劣等感、焦り、苛立ち、憤り。
自分の中に渦巻く感情。
これまでだって、何でも出来る白に置いて行かれないように必死に頑張った。
それでも俺は白のようには出来なかった。
迷ったり、焦ったり、取り乱したり、白のそんな姿を見た事がない。
「一護、何イラついてんだ?」
「・・・イラついてなんかいねーよ」
嘘だ。
俺は、白に嫉妬している。
**
「白、最近一護の様子がおかしいのだが・・」
ルキアにそう相談され、白は「ああ・・」と頷いた。
「話しかけても、何を聞いても上の空で、酷く不機嫌そうだし・・・。白、お前何か一護にしたのか?」
「何かって・・、なんにもしてねえぞ。やめろ、何だその眼は」
じとっと疑わしげに見詰めるルキアの視線が痛い。
確かに最近の一護はおかしい。
妙にイラついているのは分かっていた。ただ、理由が今一つ白には解らなかった。
(まあ、思春期で反抗期だからな)
滓のように溜まる気持ち。
自分は持て余す力を、ケンカという分かりやすい方法で発散している。
だが、この髪色でなかなかそうは思われないが、一護は元来真面目で温厚な奴だ。
絡まれたり、ケンカを売られてもよっぽどでない限り手を出す事はない。
それはそれで大変だろうに。そりゃ、ストレスも溜まるわ。
・・・そういや、進路の事でも何かごちゃごちゃと言ってたな。
やっぱ、真面目だわ、あいつ。
ま、後の心当たりで考えられるのは・・・。
白はちらりと、ルキアを見た。
一護の事を心配し、あれこれ考えるルキアの頭の中に、自分に向けられる幼馴染以上の感情への考慮など一切ないのだろう。
さて、一護の悩みと葛藤は果たしてどこからのものなのか・・・。
正直早く脱してほしいものだ。
一護の機嫌が戻らないと、実際こちらの生活にも多大な被害が出るのだ。
どんどん簡素で粗末になる食事。収集がつかなくなってきた部屋の散らかりよう。
黒崎家の主夫の葛藤は、生活レベルに多大な影響を及ぼすのだ。
直接一護に問い質してみるか。
素直に答えなくても、一護の反応次第であたりを付ける事ぐらい出来るかもしれないし。
まったく、手間のかかる奴だ。
**
放課後、一人先に帰った俺を白が追い掛けて来た。
「一護、おい一護、待てよ!」
「・・何だよ」
白の呼び掛けに、いやいや振り返った。
“話しかけるな、近寄るな”そんな俺の態度に白は溜息を吐いた。
「お前さ、最近どうしたんだよ」
「・・・どうしたって、何が?」
「何がじゃねえよ、分かってんだろう?」
その言葉に眉間の皺が深くなった。
「ぶっちゃけ何が気に入らないんだ?ルキアが気にしてたぞ、あんまルキアに心配かけるな」
「・・・ルキアは関係ない。それに日頃ルキアを心配させてる奴に言われたくないね。お前、昨日もどっかの馬鹿とケンカしただろう」
「心配なんていらねえよ、昨日だって楽勝だったから」
そういう事じゃねえ。どこまでも強気な白に気持ちが逆なでられる。
「だから、何が気に入らないのか言ってみろよ」
「言ったって、お前には解らないよ・・・」
ぽん、と白が肩に乗せた手を俺は思いっきり振り落とした。
「ほっといていくれ・・!お前みたいに何でも出来る奴には解らねえよ。俺があがいたって、努力したって出来ない事、簡単に出来るくせに。白はずるい、何でも出来るのに、いつも本気を出そうともしない。そんなのは贅沢な怠慢だ。望めば何だって手に入るのに!」
惨めな程の嫉妬心をぶつけてしまった。
言って、吐く息を荒げながら、一瞬で上がったボルテージは同じく一瞬で下降した。
ぶちまけた瞬間は心の滓を吐きだしたような気がしたのに、それよりも自分でも予想以上の後悔に襲われた。
白の一瞬見せた表情のせいかもしれない。
ほんの、瞬きをするほんの一瞬、白の顔が悲しげな、傷付いた色を浮かべて歪んだのだ。
それは気のせいと言われても否定出来ないくらいの時間。
瞬きする間に、白の顔は眉間に皺を寄せた、不機嫌なものに変わっていた。
「・・・何だよ、それ」
低い声には怒りが混じっていた。
白が怒るのも無理はない。勝手に抱いた苛立ちをぶつけられたのだから。
白は全く悪くない。
自分の焦りを妬みに変えた。
白の持つ才能をどう使うかは白の自由だ。
その才能に嫉妬した。
分かってる、自分が悪い事を。
でも、もう後悔で一杯になっている気持ちとは裏腹に、直ぐに素直にはなれなかった。
「・・・お前には、関係ない」
「あーそうかよ」
白はくるりと背を向けると、俺とは反対方向に歩きだした。
俺は白に、呆れられただろう、嫌われてしまっただろう。
白の怒る背中を見送りながら、胸に穴が空いた様な寂しさに襲われた。
それ以上白の背を見る事が辛くて、前を向いたその時、目の前を白い毛の塊が横切った。
―――キキキッ! ドン!!
白の後ろで、車の鋭いブレーキ音と、ぶつかるけたたましい音がした。
事故だ事故だ、と周囲がざわめき騒ぎだす。
振り返った白は、目の前に映った光景に息を呑んだ。
一護がさっきまでいた辺りの街路樹に、車が車道から乗り上げぶつかって止まっていた。
その脇に倒れているのは―――
「一護!!」
弾かれるように白は駆け寄った。
目の前でピクリとも動かず横たわる一護を見て、白は身体中の血の気が引いた。
「嘘・・だろ!?一護、おいしっかりしろ!」
頭を打っているかもしれないので動かせないという事は分かっている。
でも、動かない一護が恐ろしくて揺さぶって起こしたい衝動に駆られる。
何とか無事を確かめたくて、何度も白は一護の名を呼んだ。
一護の瞼がひくりと動き、少しの呻き声をあげながら、一護が目を開けた。
その間。
ほんの短い時間だったが、白には酷く長く感じた。
「・・・う、痛ってー・・・」
身体の痛みに顔をしかめ、見上げると、青ざめた白の顔があった。
そうだ、確かあの時目の前を犬が横切って、その後直ぐに車が飛び込んで来たんだ。
あれはきっと、車道に飛び出したかした犬を避けようとハンドルを切ったのだろう。
俺はそれをとっさに避けるため横に飛んだ。
脇を見ると、避けた車が自分がいた辺りの街路樹にぶつかって止まっている。
間一髪。
身体の痛みは飛んで避けた時に受け身が取れなかった為。
「一護、お前大丈夫なのか!?」
肩に触れた白の手が、僅かに震えているのが伝わって来た。
青白い顔色、眉間には三割増で皺が寄っているのに、眉は気持ち下がり気味で。
まさか・・・白が動揺している?
「大丈夫、車にはぶつかってないから。避けた時に受け身出来なくて身体打っただけだから」
その言葉に、白がほっとしたのが分かった。
何だかその姿に、今までの苛々がすっと流れて、思わずぶはっと笑ってしまった。
「てめ、何笑ってんだよ」
怪訝な顔をする白に、くつくつと漏れる笑いが止まらない。
完全無欠な白は、何事にも動じないと。
勝手に思い込んで。
「心配してくれたんだな、白」
「勘違いしただけだ」
「うん、ありがとう。・・・ごめん、な」
白が自分の事でこんなに動揺している、それだけでこんなに嬉しいなんて。
それだけで、心が晴れやかになるだなんて。
白がうらやましいと思う気持ち、それは羨望で。
白への劣等感は憧れの裏返し。
そしてあんなに不貞腐れてしまったのは・・・俺の望みの為。
「おい、本当に頭打ってないよな!?」
今だ笑いが止まらない俺を、白は本気でおかしくなったかと心配していた。
【後日】
「白、進路希望・・書いたか?」
「何で?」
「やっぱ、k大付属にするつもりか?」
「・・・言っただろう?俺は興味ないって。
そう言うお前は決めたのかよ」
「あ、ああ。俺は空座高か開北高あたりにしようかと・・・」
「じゃあ、俺も同じでいいから俺の分の進路希望書いといてくれよ」
「・・え?だって、お前k大付属は!?」
「元々どこでもいいし、何かと面倒だからお前と同じ所でいい」
その言葉に俺の顔は明るくなった。
俺の望みは、白と同じ学校に行く事。
俺がどう頑張っても行けそうにない高校に、白が進学すると思ったからあんなに俺は不機嫌になったのだ。・・・と、言う事に後から気付いた。
これから先もきっと俺は、白に焦燥や妬みを抱く事があるだろう。
それでも俺は、白と一緒にいたいんだ。
白はどうなのだろう。
絶対怒られるか、気持ち悪がられるからそんな事口が裂けても言わないけど。
「それでは、空座高だな」
俺と白の進路希望用紙を、いつの間にか入って来ていたルキアにひょいと取られた。
ルキアは第一志望にマジックで『空座第一高校』と止める間もなく、3枚の用紙に書き込んだ。
―――3枚?
「ルキア?」
「ずるいぞ、二人とも。私だって同じ高校に行来たいのだ!」
むっ、として眉を寄せるルキアが進路希望の紙を前に付き出した。
―――結局、考えていた事は皆一緒だったのかもしれない。
「これでまた三人一緒だな」
「受かればな、お前が」
そう軽口をたたいた白の鳩尾に容赦なくルキアのパンチがめり込んだ。
(あとがき)
おまたせしました〜
陵王からの61000キリリク.「トラ・コン設定で、白と一護の辛い話」というリクを頂きましたので、一護が白に嫉妬する話を軸にしました。
双子なのに自分より何でも出来る白に、思春期なら強く意識する時期があってもおかしくないかな〜と。
結局白が大好きな一護の話になってしまいました。
散々悩んで書いたのですが、どんどんリクから離れるのは何時もの事・・・。
大変遅くなりました。
餡子 2010・8・12
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