記念小説
□サン・ハウス
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出会いはきっと偶然―――
目的も、年齢も、考えも、人種さえ様々な人が無数に集まる都会で、君に会えたのは奇跡―――
賑やかな夜の街。
一本脇道に入ると表通りの雑踏も遠くに聞こえる程度で人通りも少なく静かになる。
そんな通り道で、男の脅すような怒声が聴こえた。
更に細い脇道でいかにもという柄の悪い男が何事か怒鳴っていた。
相手は男の体に隠れて見えない。
人が多ければ諍いも――そして犯罪も多い。
どんなに豊かで平和な国といえど、歪はある。
一護は溜息をついた。
さて、どうしようかと思った時、男が相手の腕を乱暴に掴んだ。
男の背中越しに見えたその腕は細くて・・・・。
「やめとけ」
一護は男の腕をねじ上げて、男が掴んでいた腕を離させた。
「な、何すんだよてめえ、ぶっ飛ばすぞ!!」
突然の乱入者にいきり立つ男は、一護が掴む手を外そうとするがその手は緩む事もなく、更に後ろ手にねじ上げられた。
「あんたさ、こんな子に何してたかしらないけど、いい加減にしないと警察呼ぶぞ」
男が明らかに怯んだのを見て、一護は突き飛ばすように手を離した。
おぼえてろ、とありがちな捨て台詞を吐きながら男は逃げるように去って行った。
男の陳腐さに小さく息を吐いて、改めて一護は目の前の相手を見据えた。
小さくて細い背格好を隠すように、やけにだぶついた服を着込み、目深に被ったキャスケット帽からは長めの髪が肩口ではねていた。
ああ、これは家出人だな、と一護は思った。
都会にはいろいろな事情の者も多く集まる。家出人はここでは珍しくもない。
何かを求めて、あるいは逃げて来る者の多くはここでは恰好の獲物。
暴行、恐喝、性犯罪・・・。
そう、今しがたのこの子のように。
「お前、家どこだ。駅までなら送ってくぞ?」
そう言われた相手はびくりと肩を震わせたが、俯いたまま何も答えない。
「こんな所でうろうろしてると、またさっきみたいな奴に絡まれるぞ。危ないから帰った方がいい」
やはり俯いて黙ったまま何の答も帰ってこない。
まあ、家出して来たぐらいなんだから、家に帰りたくないのは当然か。
だからといって、ここらでふらふらしているのが危ないのも本当だ。
「どっか行くあてでもあるのか?」
だんまり。
その代わりの返事とばかりに、腹の虫の音が盛大に鳴り響いた。
「・・・腹、減ってんのか」
お腹をぎゅうっと両腕で押さえて更に俯き小さくなる姿を見て、一護はひとつ溜息を付いた。
「しゃーねーな。来いよ、家近くだから何か食わせてやるよ」
そう言って歩き出したが、唖然として固まったまま付いて来ない相手に、一護は手招きして付いて来るよう促した。
おっかなびっくりという感じで一護に後ろを追い掛けて来た相手を確認して、一護はまた歩き出した。
それから5分も歩かないマンションのオートロックを一護は解除した。
ただのマンションではない。そこは間違いなく“高級”と名の付くマンションだった。
吃驚している相手など気にせず、豪華な造りのロビー階を通り、一護はエレベーターの最上階、15のボタンを押した。
広々としたフロア階。エントランスのポーチをくぐり、マンションにしては大きなドアを開ける。
「ほら、遠慮すんな。入れよ」
ドアの外も広かったが、扉の中も呆れるほど広々としていた。
茫然と立ちすくんでいるのを見て、ここ靴のまんま入っていいから、家ん中土足で入るの抵抗あるかもしれないけど、と声を掛けられた。
驚いているのはそこではないんだけど。
いや、それもまあ自分の生活には無かった事で驚きだけれども・・。
通されたリビングはシンプルながら白を基調としたインテリアでまとめられてるモダンなものだった。そして、やはり広い。大きな窓からは都心の夜景がよく見える。
「とりあえず、ここに座っててくれ」
一護はダイニングテーブルの椅子を指差した。
素直に椅子に座ったが、視線は窓の外の景色から離さないままの相手に、一護は小さく口元を緩めた。
どうやらここからの景色をお気に召したらしい。
有り合わせの材料で簡単に作ったサンドイッチを差し出す。分厚く切ったハムに、レタスとトマト、チーズを挟んだボリュームのあるもの。それにインスタントの温かいコーンスープとオレンジジュースを添えて。
ごくりと喉が鳴る。
遠慮しないで食え、という言葉を合図に被り付くようにサンドイッチを頬張る。
その食べっぷりに半ば呆れながらも、よっぽど腹が減っていたのだろうと、一人肯く。
そして目の前の“客”を観察する。
着ている物は砂埃で薄汚れ、室内に入っても取らないキャスケット帽のせいで相変わらず顔がよく見えなかったが、色白そうな肌もなんとなくすすけて見える。
背格好からして中学生ぐらいだろうか。
家出人には間違いないだろう。
気になるのは、それなりに放浪していそうなのだが、その割に気になるのが荷物らしい荷物を持っていないこと。
普通、家出人は荷物が多い。それがないのだ。
金も持っていないようだ。この2、3日まともに食事をしていないような食べ方が証明している。
「お前さ―――、家出して来たんだよな」
あらかた食べ終わり、おかわりを貰ったオレンジジュースを飲んで少し落ち着いた様子を見計らって尋ねてみた。
「所持金使い切ったか・・・もしかして、荷物ごと全部取られたとかした?」
その言葉に、持っていたグラスをぎゅっと握りしめた。
その反応にやっぱりな・・・と一護は呟いた。
「悪い事は言わねえ。何があったかなんて知らないけど、やっぱり家に帰った方がいい」
びくりと震え、ふるふると首を横に振って、拒絶の意を示す。
家出して来たぐらいなのだから、帰りたくない理由もあるのだろう。だが、この状態では家出を続けることは無謀でしかない。
「・・・お前さ、どうせ今晩行くところもないんだろう?今日は一晩、家に泊まってけ。そんで今後のことはとりあえず明日、もう一度ちゃんと考えろ」
その提案に驚きながらも、分かったな?という有無を言わせぬ強い言葉に説き伏せられるように、頭を縦に振った。
ゲストルームが空いているからここを使え、と通された部屋はアースカラーの落ち着いた部屋で、バス・トイレも完備。まるでホテルの部屋のようだった。好きに使っていいと言われた。
随分と親切な男だ、と思ったが完全に安心した訳ではなかった。
これまでだって騙され、絡まれ、何度も危険な目に遭って来たのだ。
人など信用出来ない。
でも、今自分はのこのこと知らない男に付いて行き、挙句に見知らぬ家で泊まろうとまでしている。究極の状態で、もうどうにでもなれ、という投げやりな思いも確かにあったが、不思議にこいつは信じられる、と感じたのだ。
おかしな話だ、そんな保障などどこにもないというのに・・・。
一護は家出人をゲストルールに入れて、出した食器を片づけていた。
(なにしてんだ、俺)
見ず知らずの、それも家出人を自宅に入れ、ご丁寧に泊めてやるなんて。
確かに危なかったとうのもあるが、何故か放っておけなかった。
・・・こりゃ、後であいつらに怒られるな。
そう思って顔を顰めた時、別の事を思い出した。
そうだ、あのゲストルームには・・・。
ゲストルームのドアを何度かノックしたが中からは返事が返って来なかった。
えーと、と名前を呼ぼうとしたが、そう言えば名前を聞く事も、名乗る事もしていなかった事を思い出す。
と、いうかそれ以前に相手がまだ一言も喋っていない事に気が付いて、失敗したなと思った。まったくコミュニケーションが取れていないということだ。
・・・まあ、しょうがない。どうせ今日、明日の付き合いになるだけだ。
返事がないので、「入るぞ」と言って中を覗くと家出人はおらず、奥からシャワーの水音が聴こえた。
入浴中か。ならば尚更これが必要だろう。
一護が持って来たのは、着替えもないだろうと気を利かせて持って来たバスローブだった。
シャワー室の扉の前で、一護は「おい」と声を掛けた。
その途端、中でガタン、と大きな音が響いた。
「お、おい!大丈夫か!?」
転んで頭でも打っていたら大変だと、一護は慌てて扉を開けた。
音は、ユニットバスの外に落としたシャンプーボトルが床に打ちつけられた音だった。
当の本人はシャワーの湯を浴びた状態のまま驚きの眼をこちらに向けたままフリーズしている。
一護も、固まっていた。
やっぱり肌は思った通り色白だったな、と頭の何処かでのん気な事を思っていた。
現実逃避の為に。
実際はそれどころではなかった。
小さくて華奢な身体は見たままの通りだったが、自分は大きな勘違いを犯していた。
小さな中学生ぐらいの男の子―――そう、思っていた。
というか、だからこそ家に招き入れたのだ。
最初から知っていれば保護したとしても別の方法を取ったはずだ。
我に帰った家出人が悲鳴を上げた。
絹を裂く女の悲鳴で。
だって、しょうがないだろう?
まさか女だったなんて思いもしなかったのだから―――
(続く)
あとがき→
やっと始まりました、拍手連載。
今回もパラレルでお送り致します。
さあ、金持ちそうな一護と謎の家出人(まあ、ルキアですが)の出会いから物語は始まります。
次回は愉快な(?)方も出演予定です。
かなり不定期になりそうな予感満々ですが、なるべくがんばりますのでどうぞよろしくお願い致します(^O^)/
餡子
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