小説2
□春待人
(慶×幸)
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「慶次殿は、なぜいつも旅をなさっているので御座るか?」
「え?」
幸村からの改まった問いかけに、持っていた団子を落としそうになってしまった。
なぜ?
なんてそんな風に純粋に聞かれたら、何だか答えに困ってしまう。
「あの、深い意味はないので御座る。ただなんとなく思っただけで御座れば…」
即答出来ず黙ってしまった俺に、どうやら幸村は聞いてはいけなかったのだと慌てた様子だ。
「別に気にしなくてい―よ。俺も何でかなぁってちょっと考えてただけだから。」
「左様に…御座るか。」
「うん。」
初めて家を出たきっかけは何だったか。
もうだいぶ前の事で、忘れてしまっている。
皆気のいいヤツばかりで、居心地の悪さなんてなかったのに。
「武士は嫌いに御座るか?」
「…分からないな。」
人を斬り、自分さえいつどこで死んでいくかも分からないような生き方は…
寂しくて悲しいと思う。
でも幸村や独眼竜、元親や家康を見ていると、真剣勝負の中に咲く命の火花もいいものだと思う。
喧嘩とは違う命のやり取り。亡くしてしまったら、そこで終わりなのだけれど。
「家に縛られたくない。自由に生きていたいって言っていてもさ、それってただの我儘なんだよな。戦う事から逃げているだけで、俺は…」
「慶次殿…」
「嫌なら全部捨ててしまえばいいのに、こんなでっかい刀抱えて、皆に戦うのをやめろなんて…可笑しいよな。」
いろんな人との出会いを求めて諸国を巡り歩いてるなんていっても、結局逃げてるだけなんだ。俺は。
「可笑しくなどありませぬ。何も、可笑しくなどありませぬ。」
「幸村…」
「慶次殿の生きざまは、慶次殿だけのものに御座る。誰に何かを言われる筋合いは、ありませぬ。」
揺るがない瞳に、凛とした声を響かせる。
真に強い男とは、幸村の事を言うのだろうな。
「某、慶次殿のようには生きられませぬが…」
「幸村は幸村の…そのままの幸村でいいんだよ。俺が、俺のままでいいように。」
「そうで御座るな。」
優しく微笑み、美味しそうに団子を頬張る姿にじんわり沸き上がってくるものがある。
幸村が国の為、慕ってやまない武田信玄の為に戦う事をやめる事はないから… 今だけでも…
「幸村…」
「…」
ちゅ
その柔らかい頬に、唇を寄せた。
「け…慶次殿ッ!!」
「ごめん…とは言わないよ。俺は今、そうしたかったんだから。」
そして何事も無かったように、皿の団子に手を伸ばす。
幸村は「破廉恥!」と怒るだろうか?
それとも、頬を紅く染めて俯いてしまうだろうか?
「慶次殿。」
「なんだい?破廉恥って言われても、俺は…」
ぽすん…
(え…?)
何も言わず、幸村は俺の胸に頭を寄せてきた。
そんないつもとは違う反応に、俺は今度こそ持っていた団子を落としてしまった。
「幸村、どうかし…「叶いませぬな。」
「え?」
「慶次殿を繋ぎ止めおく事は…やはり叶いませぬ。」
「幸村…」
「どうか、拒まないでくだされ。」
『拒む理由なんて一つもない。』
そう告げたかった言葉は、幸村の冷たい唇に塞がれてしまった。