小説2

□雨
(佐×幸)
1ページ/3ページ


いつかはその背に追いつき、自分もそうなれたら…
そう、思っていた。



けれどいざその立場になれば、自分は何と愚かだったのかと、その甘さに気付かされる。






武田を背負う立場になり、早数ヵ月。
俺はまだ、迷いの中にいる。








「はッ!はッ!やぁッ!!」








心に迷いある時は、ただがむしゃらに槍を振るってきた。
何時間も休む事なく、ただ、ただ…


そうする事で、吹き飛んでいた靄。
けれど今は…








「今は鍛練より、他にする事があるんじゃないの?」


「!!」








気配も音もなく、俺の目の前に現れたのは…








「報告に来ましたよ。大将。」


「佐助…」








大将という呼び名に、知らず顔を曇らせる。

その名は今の俺に、あまりにも重すぎて…








「鍛えるのは結構だけど、大将がやる事は他にあるんじゃない?」


「そ…れは、分かってはいるが…」


「……」








俺の中の迷いに、きっと佐助は気付いている。
だから…今の俺を叱咤し、背を押してくれるはず。





なのに…








「まあ、誰も止めはしないだろうし、思う存分槍振っててもいいのかもね。」


「え…?」


「大将の決めた事、誰も文句は言わないでしょ?」


「さ…佐助、それはッ!!」








ち…違う。俺が欲しかった言葉は、そうではなくて…








「甘えるなよ大将。自分の靄も払えず、国が背負えると思うのか?」


「!!!!」








…佐助の、言う通りだ。

御館様に守られ、佐助に支えられ、俺はただ槍を振るって来ただけにすぎない。


「大将」は、俺には重すぎる。








「佐助、やはり俺には無理なのだ。御館様の築かれた武田を…導くなど。」


「無理だ駄目だなんて、らしくないね。虎の牙も丸くなったもんだ。」


「て…適材適所だ。俺は、上に立つ人間ではなかったと、ただ…」


「ならもっと足掻けよ。もがいてもがいて、大将に相応しい人間になればいい。」


「だが、俺はッ…」


「話はここまで。次の任務の時間だ。」


「任…務? 俺は、何も…」


「今の大将の指示を待ってたら、甲斐は瞬く間に滅ぶ。俺様は、俺様にしか出来ない事をするまでだよ。」


「佐助にしか…」








なら今の俺に出来る事は、一体何だ…








「ほどほどにな大将。もうじき雨だ。」


「雨…」








見上げた空はどこまでも快晴。
雨が降りそうな気配など全くない。








「佐助、本当に雨…が……ッ」








ほんの一瞬








「さす…け…」








現れた時と同じよう、音も無く消えていく。

今ここにいた事実さえ、無かったかのように。








「すまない、佐助…」








この言葉が相応しいのかも、分からないワカラナイ…わからない。

今はただそう言うしか





出来ないんだ。








………――













旦那の…
大将の気持ちが分からないわけじゃない。

ずっと一緒にいて、分からないわけがない。





でも…








『佐助、俺は…』








〜〜ッ!
ああ、くそッ!!






駄目だと分かっていても、甘い言葉をかけそうになる。

大将にとって今は試練の時。自分自身で先に進まなきゃ、意味がない。








「俺様にしか出来ない事…か。」








我ながら口だけは上手い。

 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ