小説2
□好きだ!嫌いだ!
(家+幸)
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「お邪魔…致す。」
「ああ、入ってくれ。」
眩しいほど爽やかな笑顔で某を迎えてくれたのは、同じクラスの徳川家康殿。
家康殿は明朗で快活。
人望も厚く、皆が信頼を寄せる方。
「少し遅かったようだが、何かあったのか?」
だが某は、この方が苦手だ。
「真田?」
「別に、何もありませぬ。」
「そうか? なら、早速始めるとしよう。」
曇りない存在。太陽のような輝き。
欠けるものは一つもなく、家康殿は完璧だ。
某とは違い、なにもかもを兼ね備えている。
そんな家康殿に、こうして勉強を教えてもらうのは皆が羨む事。
だが某にとっては、何より苦痛でしかなかった。
「さっきから上の空だな。そんなにワシの事が嫌いか?」
「…ッ、嫌いなどと、某は別に…」
「顔に書いてある。武田先生に言われ、仕方なくワシとこうして…「そう思うのならば、それでよいでは御座らぬか。それより、早く勉強…を…」
半ば苛立ち顔を上げれば、漆黒の瞳が某を捉える。
何色にも染まらない、深い闇色が。
「そうだな。こうしていても時間を無駄にするばかりだ。」
一瞬止まった時間も、家康殿の朗らかな笑顔に動き出す。
その瞳は光を湛え、そこに闇の色はない。
「…お頼み申す。」
「ああ。」
某は、家康殿を嫌いとしている訳ではない。
ただ…
ただ、光の中に存在する闇色が余りにもはっきり某に映るから、戸惑いを隠せない。
裏の無い人間、闇を持たぬ者、そんな存在はこの世に居ない。きっと誰もが多少なり闇の部分を持っている。
「…」
そう分かっていても、そう、家康殿の闇は…
「なんだ真田、全部あってるじゃないか。」
深く、怖いと感じるのだ。
「これなら、ワシが教える事など何もないな。武田先生は、なぜワシに…」
首を傾げ、家康殿は不思議そうに考えている。
だが某は、その答えを知っている。
そう、嫌と言うほど分かっているのだ。
「…未熟…ゆえに…」
「ん?何か言ったか真田。」
「某が、未熟だからに御座る。家康殿に比べ、ずっと…」
そうだ…
同じ人を師と仰ぎ、同じ様に励んできた。勉学も、武道も。
そう、同じ様にしてきたはずなのに、家康殿はいつの間にか某の前を行く。
その距離を縮めようと足掻いても、空回りするばかりだ。
「未熟…か。そうだな、ワシらは武田先生にはまだまだ遠く及ばない。越えようとする壁は、強靭だ。」
「…」
ワシら?
違う…某は、まだ同じ位置にさえ立てていない。
その背を追うばかりで、まだ…
「真田、そんなに怖い顔をするな。まだ何か…「貴殿には…負けぬ。」
「え?」
「某はいつの日か、武田先生のような存在になることを目標に生きている。だが今は…今は、家康殿にさえこの手は届いていない。」
「…」
「貴殿にだけは絶対に負けぬッ!必ずその背に追い付き、その前を某は歩んでみせるッ!」
どういう流れからこんな事になったのか分からないが、半ば興奮気味に家康殿に宣戦布告していた。
一方的な事に呆れられたとしても構いはしない。
これは、某の決意だ。
「真田は、やはり真っ直ぐな男だな。」
「某は、その様にしか生きられぬ。」