企画小説

□貴方への一歩
(家×幸)
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冬の朝は、空気が凜と張り詰める。
冷気が無数の針となり、頬を刺す痛みに自然と表情が強張る。





(静かだな‥)





内に流れる血潮とは、まるで相反する静寂。
東の空は少しずつ明るさを増し、夜の闇は西の空に消えて行く。

そしてこの胸に、繰り返されるもの‥






『真田‥ 信玄公は偉大だな。だからこそワシはその先に行きたいと願い、そして目指した。』







目を閉じれば、彼の者の声が響く。





「家康殿‥」





刃を‥ 拳を交え得た答え。
身に受けた、揺るぎない彼の者の意志。


長い道のりを経て、漸くここまで辿り着いた。






だが、まだ‥







―――………










「はッ! はあッ!!」





一人槍を振るう。
強さだけでは家康殿に追いつけない‥ そう分かっていても、この幸村に出来るのは己を鍛える事のみで‥

知無きこの身が恨めしい。




家康殿に挑んだあの日、その背が漸く見えたと‥少しは近付けたと思った。





なのに‥





『お前のような者がいてくれれば、ワシは何より心強い。』





差し出されたあの手を、掴む事は出来なかった。


それは御館様のご意志…




否。そうではない。
家康殿に応える事が出来なかったのは‥





『お前のような者が‥』




求められたのが、この幸村ではないからだ。



胸につかえるあの言葉。







なら某は、どんな言葉が欲しかったのだろう?









「はッ!てやああぁッ!!」





分からない。
考えても、考えても。


ならば槍を振るうより、某には‥








ギュイイイィッ……








「!? 何だ? この、機械的な音は‥」





東の空から響く音。驚き見上げれば、黒い影が物凄い勢いでこちらに向かって来る。





「あ‥れは‥」





だんだんと、はっきり見えて来るその姿。
知らず、槍を持つ手に力がこもった。





「真田―――ッ!!」





名を呼び、上空より家康殿が降りて来る。彼を乗せて来た重鎮、本多殿はまた何処かへと去ってしまった。





「やあ、久し振りだな。真田。」


「家康殿‥」





某の前に立ち、惜しみない笑顔で彼は言う。

 
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