企画小説

□distance
(政×幸)
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「眠れぬ…」







ここ数日で夏の暑さはだいぶ去り、秋の到来を思わせる。
じっとりと汗をかく寝苦しさから漸く解放され、心地良い眠りを期待した幸村だったが、何故か今日は眠れない。いつもならあっという間に夢の世界に旅立つはずが、瞳にはいつまでも天井を映していた。







「………」







ここで体を起こせば、天井裏から小言の一つでも飛んで来るかもしれない‥まあ、そしたら話し相手にでもなってもらうかと幸村は布団から這い出した。



けれどその思惑は外れ「つまらん」と幸村は口を尖らせる。どうやら佐助は仕事のようだ。

しかし幸村は再び布団に入る気にもなれず、襖を開け部屋を出た。縁側に腰を下ろせば穏やかな風が髪を揺らし、涼しさに目を細める…
サワサワと木々が葉を鳴らし、虫達が上品な音を奏でれば幸村は静かに耳を傾けていた。







「これが風情‥ 風流というもので御座ろうか…」







槍を持ち、戦う事しか知らない自分。そんな自分に「もっと色んな物を見ろ」と言ったのは‥







「政宗殿…」







この戦国の世に在っても政宗は戦う事のみならず、多方面に目を向け多才振りを発揮している。視野の狭い自分とは違い、ただ感心するばかりだった。







「この情景をご覧になられれば、政宗殿は優美に舞われるので御座ろうな。」







庭に出た幸村は、自然と体を動かしていた。舞など習った事は無いけれど、ただ感じるままに…







「………」







しかし突然ピタリと動きを止めた幸村は、空の一点をただ見つめていた。雲の向こうにぼんやり映る月明かりを。







「月が‥隠れてしまわれたか…」







稚拙な舞を詫び、今一度その姿をお見せ下されと幸村は願った。月に重ねるのは、想い慕う政宗の姿‥ 遠く離れるぬくもりを、その灯りで紛らわして欲しいと…







「お逢いしとう御座る‥政宗殿…」





「そう言われれば、たとえ夜中でも来た甲斐があるってもんだな。」


「……!?」







聞こえた声に、幸村は耳を疑った。







「政宗殿!? まさか‥」


「まさか‥の本物だぜ俺は。それとも、偽者の方が良かったか?」







ゆっくりと歩み寄って来る姿は確かに政宗で、顔を出した月がその端正な顔を映し出す。

 
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