企画小説
□white chocolate
(小十幸)
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どうして、あんな風に片倉先生にチョコレートを渡してしまったのか分からない。
あの時、先生が拾ってくれたのを受け取って、すぐ捨ててしまえばよかったのに。
「はぁ―…」
何度目になるかも分からないため息に、もう自棄になりそうだ。
訳もわからず押し付けられたチョコレート。
あの時の困惑した先生の顔が、頭から離れない。
「きっと、可笑しな奴だって思われたに違いない…」
そう思われても仕方ない行動をしたのは紛れもなく自分自身。
それは、痛いほどよく分かっている。
「あのチョコレート、先生はどうしただろうか…」
遠くを見つめ思うのはそんな事ばかり。
もうチョコレートなんてどうでもいいと思ってはみても、一大決心で買ったものだけに気にならないかと言えばそれは嘘になる。
「捨てられた…よなぁ。」
あんな風に訳もわからず押し付けられたもの、いくらなんだって口に出来るはずがない。
きっと気味が悪いだけだ。
「……」
気味が悪い…
それは片倉先生に抱くこの想いそのものを否定されたようで胸が痛い。
チョコレートのよう、この想いも簡単に捨てられれば楽なのに、どうもそうはいかない。
内容はどうあれ、片倉先生に向けられた言葉が絶えず頭に響いている。
あの低い声と、自分だけを見ていたあの瞳。
逃げ出したのは自分であるはずなのに、もう少し一緒に居たかった…なんて。
片倉先生は、俺の事を「変な奴」と思っているだろう。
でも、それでさえ嬉しくて仕方ない。片倉先生の心の中に、俺が少しでも入れるのなら。
ただ、あからさまに拒否されるようになったらさすがに辛い。
卒業まであと少し… 挨拶ぐらいは交わしたいと願った。
―――……
次の日、片倉先生に会うのは少し怖かった。
やっぱり、どんな反応されるのか…というのが一番で。
でも俺の心配をよそに、先生はいつもと変わらなかった。
授業中も特段気にされる事もなく、いつものよう指されれば問いに答える。こちらが質問すれば丁寧に答えてくれて、ただ、それだけ。
思いきって挨拶しても、前と変わらぬ堅い挨拶が返ってきた。
なんだ。
そうだよな。
俺の不可解な行動ごときで、先生の何かが変わるはずなんてないんだよな。
どんな形でもいい。先生の心に留まる事が出来たらって思ったけど、そんな事…あるはずない…か。
はっきり告白した訳じゃないけれど、すでに玉砕じゃないか。
でも、それでも先生を想う心はここにあるから、卒業までは大切にしていこう。
会えなくなってしまえば、きっと静かに消えてしまうだろうから。
―――……
それから時間の経つはあっという間で、3月も半ばにきていた。
授業もほとんど無く、片倉先生を見かけるのも少なくなってしまった。
(あ、このプリント提出しなきゃ…)
帰り支度をする中、なんで今頃このプリントが出てくるのかと不貞腐れそうになる。
でも提出しなければならないのはどうしたって変わらないから… 仕方なく職員室へ向かった。
もしかしたら片倉先生に会えるかもしれない。
そんな淡い期待を抱いて。
「失礼します。」
声を控えめに職員室へ入れば、先生が数人いるだけで静かだ。
担任の姿もないけれど、プリントは置いておけば問題ないだろう。