小説
□ソノ姿、我求メル
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コツコツコツ…
静かな空間に、規則正しい足音が近付いて来る。
朝と晩… 食事を運ぶ小姓以外にこの部屋を訪れる者はいない。
そう、あの男以外は…
次第に大きくなる足音が誰のものかなど知りたくもないのに、小十郎はすっかり覚えてしまった。その主人を…
「またテメエか、竹中…」
「おや、『また』とは御挨拶だね。僕は足繁く通っているつもりは無いのだけれど…」
「ここに来るのはテメエぐらいだろうが。いい加減、その顔見飽きたぜ。」
「そうかい? なら話し相手に侍女を置こうか? それとも遊女の方がいいかな?」
「テメッ…」
静かに怒りを抱く小十郎だが、それ以上とりあう事は無い。無意味だと理解し、安い挑発に乗るのは愚かだと自身に言い聞かせていた。
「何度来たところで、その努力が報われる事は無え。俺が豊臣に下る事はたとえ天地がひっくり返ったとしても有り得無い事だ。」
同じ言葉を、もう何度口にしただろうか? それで半兵衛が諦めるとも思わないが、伊達に‥政宗に対する忠義を噛み締めるように小十郎は繰り返す。
「そうだろうね。『彼』も同じ事を言っていたよ。」
「彼…だと?」
その言葉にピクリと反応する小十郎だが、半兵衛は薄く笑みを浮かべるだけ…
微かに変化する小十郎の表情を、楽しんでいるようだ。
「君の忠義には敬意を払うよ。しかし、もうこの世にいない者への忠義は無駄になるだけだ。」
「………」
「政宗君は強かった。けれどその器は奥州のみ‥天下人の人材ではなかったようだ。」
バサリと無造作に投げ出されたのは政宗の陣羽織。半兵衛は幸村にした事を同じ様に小十郎にもしたのだ。
「これがどうした? 政宗様の‥ 裂けた陣羽織を見て、俺が折れるとでも思ったか?」
「そう期待していたんだけれど、どうやら無駄になってしまったようだね。」
「残念だ‥」と半兵衛は言うが、その顔は分かりきっていた事だと余裕さえ伺えさせる。
「こんな子供騙しの手に俺は掛からねえぞ。」
「信じる信じないは、どちらでも構わないんだよ。一応『形見』として君への贈り物なのだから。」
そう告げると半兵衛は小十郎に背を向け歩き出した。