06/19の日記
11:50
笹ヤコ:肆
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慌てて家を飛び出すと、小さく笑った彼が言った。
「ごめん、遅れたな」
「来ないかと思いました」
「…ごめん」
罰が悪そうに彼が頭を掻く。
本当は怒ってなんかいない。
ただ、来てくれればそれでよかった。
忙しかったのだろう、彼の仕事はそういう仕事だ。
だから当日じゃなければなんて我が儘は言いたくなくて、でも何となくここまで待ったのだから何か言いたい気がしていたのだ。
「あの、彼女に」
「待って、」
そう言うと彼は吸っていた煙草を携帯灰皿に押し付けた。
それをポケットにしまうと、彼は私の目をじっと見つめた。
「弥子ちゃん」
「はい」
「付き合って欲しいんだけど」
真っ直ぐに私を見る目は勿論冗談なんかじゃなくて。
疑わなくてもそんなことをする人ではないのだけど、ずっと待っていたくせになんだか信じられなかった。
でもこれは紛れもない現実で、夢にまで見た現実で。
「…はい」
返事が涙声になってしまう。
俯く私を、静かに涙を流す私を、笹塚さんは両の腕で閉じ込めた。
「弥子ちゃん」
「なんですか」
「うち、くる?」
真っ赤になった私の顔が小さく頷いた。
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11:11
社長マルコ3
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新婦の希望で式は行わないことになった。
こんなおっさんに嫁ぐなんて、金目当ての結婚だなんて友人に知られたくなかったのだろう。
新居も家具も家電も、全てを彼女の言うとおりに用意させて、入籍の時にすら会うこともしなかった。
忙しいのを口実にして、あの涙から逃れていたのだ。
本当は調整は出来た。
社長室に泊まり込むほどの忙しさでもなかった。
ただ、あの泣きそうな顔を見るのが怖かったんだ。
「そろそろ帰らねぇとヤバくね?」
「……そう思うかい」
「珍しいな、オレの話聞くなんて」
「女慣れしてねぇからな」
「それなりに女遊びはしてきたと記憶してるが?」
「遊びは、な」
「本気ってことか」
そのセリフに答える気にはならない。
まだ自分でもわからないのだ、何故こんなにまでして彼女に執着しているのか。
ただ絆創膏をくれただけのあの小さかった少女に、オレが惚れていたとでもいうのか。
オレは頭を抱えて俯いた。
少し気が付いてしまった。
あの彼女を、この両手に閉じ込めたいと思ってしまった。
「今日、帰るよい」
「メールでも電話でもしとけよ」
「…ああ」
今夜、顔を見たらわかる気がする。
この両手に閉じ込めたら、この感情の正体がわかる気がしたんだ。
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