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□決して届くことのない手紙
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ああ神様、決して存在し得ぬであろう貴方を恨みます。


感情の起伏のない子供でした。
だからといって感情が無いわけではありませんでした。
幸い友人には恵まれ、孤独を感じることもなく生きてきました。

何時の事だったかは忘れましたが、貴方に恋をしました。
けれど貴方の横にはいつも青峰君がいました。
なので僕は駄菓子の当たりくじをあげることくらいでしか気を引くことが出来ませんでした。
何れは青峰君と結婚するものだと、誰もが思っていました。
僕や黄瀬君や緑間君や紫原君や赤司君だけじゃなく、青峰君の両親や貴方のご両親ですらそうなるものだと思っていたと思います。
そうならなかったのは青峰君が志願兵として出征したからでした。
今思えば彼らしいその選択も、当時は信じられないものでした。

何処をどう巡ったのかはわかりませんが、貴方は僕と結婚する事になりました。
政略結婚でしたが、僕は嬉しかったです。
青峰君には悪い気もしましたが、僕はどうしようもなく浮かれていました。
でも僕はそれがどうしても恥ずかしくて、それを表に出すことが出来ませんでした。
幸い感情の起伏は穏やかでしたので、誰にも悟られずに過ごすことが出来ました。

貴方に触れる手が震えるのを隠すことに必死でした。
貴方の目に映る自分が情けないものでないように、そのために僕は必死でした。
だから赤紙が来ても、僕は内心とは裏腹に動じずにいることが出来ました。

いつも笑いかけてくれていた貴方の笑顔が消えました。
友人たちが次々と出征していく中で少しずつ消えつつあった貴方の笑顔が、完全に消えました。
僕の灯りだった貴方の笑顔が消えました。
それを取り戻したくてどんなことでもしようと決心しましたが、結局最後まで貴方の笑顔は見られないままでした。

足を折れば行かなくて済むのか、腕を千切れば対象から除外されるのか、そんなことを考えては振り払っていました。
貴方にそんな情けない姿を見せることの方が、百倍も千倍も嫌だったのです。

出征の前夜、彼女を抱きしめている時間がそのまま止まってしまえばいいと何度も思いました。
雨戸から漏れる清々しい筈の朝陽を見て、こんなにがっかりすることなんてこの先ないでしょう。
母に支えられながら僕を見送るあなたを見るのが辛くて、僕は振り返らずに前へ進みました。
その顔は醜く歪んでいたと思います。
本当に一歩が重くて、僕は何度この道を引き返そうと思ったことでしょう。
だけどやっぱり僕はそんな情けない姿を貴方に見せたくなくて、歩き続けました。

僕は今、戦場にいます。
青峰君はかなりの活躍をしているようで、まだ若いながら隊長を任されていると噂に聞きました。
その他の方のことはわかりませんが、偶然にも僕は黄瀬君と同じ隊にいます。
しかし必ず帰ると約束したにもかかわらず、僕は帰れそうにありません。
こっそりと持ち出して御守りにしていた貴方の笑っている写真、これがあなたに届けば良いと願います。
どうしても足手纏いになる僕を、いざという時には見捨てるようにと黄瀬君に話しました。
仕方がないのです、僕の為に彼を危険にあわせるわけにはいかない。
そして、今がその時なのです。

胸から流れ出る血が熱くて、身体は妙に寒いです。
これが死というものなのでしょうか。
死にたくない等と思っても、もう遅いのでしょうね。
貴方に伝えられなかった想いは黄瀬君に託しました。
黄瀬君ならば生きて帰ることが出来るでしょう。
貴方に届くことを願います。


もし生まれ変われるのならば、今度は平和な時代に生まれたいです。
何時かの皆で学校に通い勉学に精を出して、スポーツなんかに汗を流してみたいものです。

そしてまた貴方と夫婦になれるのなら、そんなに幸せなことはないでしょう。


この手紙は貴方に届くことはないでしょう。
当然です、僕はこの想いを紙にすら書き起こしていません。
この胸の中に想うのみです。
それでも、貴方に届けばいいと思うのです。

いつかまた、今度は青い空の下で会いましょう。



end.


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