zzzA

□それを認めるのはとても
1ページ/1ページ



俺はかなり焦っていた。
何にかというと、その原因はたくさんある。だが言ってしまえばひとつでもあった。

原因は真ちゃんだった。
最近、真ちゃんの練習量が増えている。
練習時間もさることながら、その内容もよりハードなものへと変化していた。
そしてそれと反比例するように、自分との接触が減っていた。
そして更に、そんな現状に愕然としている自分の気持ちに気付いてしまった。
もっと一緒にいたいなんて、まるで自分が真ちゃんに恋をしているみたいではないかと思った。
自分は断じて同性愛者などではない。そう自分に言い聞かせるものの、心の中に燻る物足りなさが俺を追い詰める。
真ちゃんと話せないなんていうだけの状況が、こんなにも苦痛になるなんて思ってもみなかったのだ。

俺は別に同性愛に偏見があるわけではない。
だが自分がそうなるとは夢にも思っていなかった。
今までは普通に女の子に恋をしてきたし、これからもずっとそうだと思っていた。
真ちゃんのことは好きだが、それが恋だなんて思ったこともなかった俺は現実を受け入れることが難しかった。

話せばきっといつも通りだ、だって真ちゃんに興奮したりしねーし。なんて高を括って話しかければ、思わぬ返答に最後の砦を壊された気がした。

「話しかけるな。お前と話している暇はないのだよ」

いつもの自分なら『ひでー』と笑えたはずなのに、顔に貼りついた作り物の笑顔がそのまま凍った。
そのまま練習へと去っていく真ちゃんに掛ける言葉も見つからないまま、俺は立ち尽くした。
ずきずきと心臓が痛い。
それは昔感じたことのある痛みで、でもあの時の相手は女の子だったのに今回の相手は男で、俺は呆然とした。
惚れていたと気付いた瞬間に失恋したような状況だ。

「し、真ちゃんひでー」

そんな取り繕いの言葉が二人しかいない体育館に響くが、真ちゃんの返答は返ってこない。
黙々と放られるシュートの音が聞こえるばかりだ。
先ほど後輩たちに残って練習するだなんてカッコつけたばかりだが、そんなことも言っていられない状況に俺は更衣室へと向かった。
色々な現実が押し潰すようにのしかかってきて、足取りはふらついている。


 * * *


更衣室に入るものの、着替える気力なんて存在しなかった。
自分の気持ちが間違いなく恋だということに気が付いて、激しく動揺している。
同性愛なんて自分からは遠いところにあるはずだったのに、知り合いがそうだとかなら簡単に受け入れられる自信があるのに、それ以前に自分がそうだなんて信じたくない現実だ。

「俺、ホモかよ」

誰もいない更衣室に呟いた声が小さく響いた。
口に出してみるとそれはやっぱり受け入れがたい事実で愕然とする。

「いや、ちげーっしょ。なんかの間違いだって…」

ここまでくると流石に笑いがこみあげてきた。
ベンチに寝そべったまま前髪を掻き上げて、俺は笑った。
そしてその拍子に涙が一つ零れた。
笑い過ぎる故に涙が出るなんていつものことだったが、今回は違った。
俺はまだそこまで笑っていない。なのに涙が零れてきたのだ。
その事実に驚いて、俺は笑うのを止めた。
一つ零れた涙を拭ってそれを見ると、更に瞳の奥の方に熱いものが疼いていることに気が付いた。

ヤバい、泣く。

ここではいつ真ちゃんが入ってくるか分からない。
泣いているところを見られるのは流石に嫌だ。
眉間に皺を寄せ涙が出てこないように気合を入れると、俺は急いで着替え始めた。

汗の浸み込んだTシャツを脱いでタオルで身体を拭いていると、更衣室のドアが開いた。

「あ」
「あ」

入ってきたのは他でもない真ちゃんで、でも真ちゃんは俺を見るなりドアを閉めてしまった。
さっきの今で更にこんな態度を取られると、流石の俺でも頭にくる。
その怒りに身をまかせてドアノブを握って開けようとするが、それは叶うことはなかった。
外で真ちゃんがドアノブを固定しているようだ。

「ちょっ、真ちゃん!流石にそれはないっしょ!」
「うるさい、さっさと着替えて帰るのだよ」
「なんなの、俺なんかした!?」
「別に、なんでもない。いいからさっさと着替えるのだよ」

ドアノブの攻防戦は当然ながらあっさりとケリが付いた。
これでもかと言わんばかりに力いっぱいドアを開けた俺が見たものは、やっぱりいつも通りの仏頂面だった。

「なんなの、最近の態度可笑しくね?」
「別に、」
「本当にそう思うわけ?」
「………すまない」

意外にもすぐに謝る真ちゃんに、俺は驚いた。
いつもなら絶対に何か言い訳をしてはぐらかすのだが、今の真ちゃんは罰の悪そうな顔で少しだけ俯いている。
いつもとはまるで違う態度の真ちゃんを見て、俺はどう返していいか分からなくなってしまった。

「だからさっさと服を着ろ」

そう言われて俺は自分の鞄から新しいTシャツを取り出すと着がえ始める。
こんなに会話するのは久しぶりなせいか、なんだか嬉しくなってしまった。
そして俺はいつも通りのノリで話し始める。

「何?オレの裸見たら真ちゃん欲情でもしちゃうわけ?」
「…そんなわけないのだよ」

ごく僅かだったが、その違和感に俺が気が付かない筈が無かった。
ほんの少しだけ出遅れた言葉に気付いて振り向くと、真ちゃんはこちらに背を向けて顔の汗を拭いている。
近寄って顔を覗きこむが、その顔はタオルによって邪魔されていて見ることができない。
すぐ拭き終るだろうと少し待ってみるものの、真ちゃんは一向にタオルから顔を上げようとはしない。

「真ちゃん?」
「………」
「顔いつまで拭いてんの?」
「…俺の勝手なのだよ」
「いや、かなり不自然だし」
「お前には関係ないのだよ」

そう強情に言われてはイタズラ心が芽生えてしまうのがこの俺というものだ。
力尽くにタオルと奪おうと手を掛けると、真ちゃんもまた腕に力を込める。
しかし俺の方が少しだけ行動が早かったせいか、タオルはするりと真ちゃんの手から抜けて行った。

「真ちゃ、顔、赤…」

さっき自分は何を言っただろうか。思い返してみるが、言った言葉と現実がうまくかみ合わない。
真ちゃんの顔は少し赤くなっていて、その理由はさっき俺が言ったことを肯定している以外に思い当たらない。
でも自分がさっき言った言葉といえば自分に欲情しているのかという類の冗談であって、それはいつも通りに一蹴されるものだと思っていた。
なのに、なんなんだよこの顔は。

「真ちゃんって…ホモ?」
「違うのだよ!」

思わず零れた自分の言葉と、内心の気持ちに困惑した。
嘘だ、信じたくない。

「違うのだよ、絶対に。そんなわけないのだよ」
「真ちゃ」
「何かの間違いなのだよ。俺がお前に…そんなわけないのだよ!」

いつになく饒舌な真ちゃんの本心なんて、これまで一緒にいた時間を考えると手に取るようにわかる。
真ちゃんって俺のこと好きだったんだ。
そう考えると嬉しさが湧きあがってきて、同時に自分の中の認めたくない気持ちが膨れ上がる。

「いやいや、そんなわけねーし」
「そうなのだよ、そんなことがあって良いわけがないのだよ」
「そうだって、嬉しいなんておかしいだろ…」

ポロリと零れた俺の本音を聞いた真ちゃんは、信じられないものを見るような目をしてこっちを見ていた。


「真ちゃん、オレ達って、ホモなのかな」
「……そんな筈はないのだよ」



end.



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ