zzzA

□大人の夜
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芸能人のバースディパーティとはここまで違うものなのか、ドレスコードを指定されて行った会場にはテレビで見たことのある人だらけだった。
あまりの光景に思わず不安になるが、すぐにいつものメンバーを見つけてホッと胸を撫で下ろした。
モデルは昔からやっていたけれど、彼はいつの間にかこんなのも有名になっていたらしい。
ウェルカムドリンクを受け取っていつものメンバーに混ざると、照明が落とされた。
私は今、きーちゃんこと黄瀬涼太くんのバースディパーティに来ている。

いつの間にか遠くに行ってしまったなんて考えたのも束の間、いつも通りのテンションでテツ君に話しかけるきーちゃんを見て、やっぱりこの人は変わらないなと安心した。
テツ君には案の定するりと躱されて、他のメンバーにはいじられている。
芸能界に染まらない彼が眩しい。
そんな彼の23歳の誕生日を祝うパーティーは大変な盛り上がりを見せ、幕を閉じた。



二次会に向かう人だかりを見送って、ホテルのロビーで一息つく。
お酒でふらつく足元のせいで、二次会には参加できそうにないのだ。

「桃井さん」
「テツ君!」
「二次会いかないんですか?」
「うん、ちょっと酔っちゃって」
「大丈夫ですか?」
「少し休めば平気!テツ君は二次会いかないの?」
「ええ、こういうのは苦手なので」

そういうとテツ君は私の向かいに座った。
優しい彼のことだ。酔いが醒めるまでついていてくれるのだろう。
昔と変わらない気遣いが嬉しくて、未だ中学時代の気持ちが色褪せてないことを再確認する。
それどころか、スーツ姿のテツ君を見て更に好きになってしまいそうだ。
私の片想いはもう10年目に入ろうとしている。


どれくらいに時間が経ったのだろうか。
自分ばかりが話していたような気もするが、それでもテツ君はめんどくさがりもせずに聞いてくれた。
すっかり酔いも醒めてしまったが、この時間が終わってしまうのが惜しくて時計を見ることができない。
このまま朝まで一緒にいられればいいのに、そう思ったのが神様に届いてしまったのかもしれない。
外を見つめるテツ君の視線を追うと、そこは大嵐だった。

「そういえば、天気予報で荒れるって言ってましたね」
「本当!?準備で忙しくて見てなかった…」
「どうしましょうか」
「丁度ホテルだし、泊まっていっちゃおうかなぁ」
「そうですね、ちょっと聞いてみましょう」

そう言って立ち上がったテツ君はフロントへと向かう。
ロビーは深夜だというのに疎らながらも人がいた。
ホテルマンと少し話すと、テツ君は少し難しそうな顔をして戻ってきた。

「シングル一部屋しか空いてないそうです」
「…ど、土曜日だしね」
「はい、あと嵐のせいでかなり混雑しているようです」

「あと黄瀬君のパーティーの招待客もいますし」と付け加えてテツ君が黙り込んだ。
私の答えを待っているのだろうことは分かったけど、私もどのように返していいのか分からなかった。
外を見ると、そこは雨粒が横に降っている上に雷が結構な頻度で光っている。
時折変なものまで飛ばされてきていて、見るからに危なそうだ。とてもじゃないが帰る気にはなれない。
だからといって自分だけ泊まってテツ君を帰らせるなんてことはあってはならない。
そう考えてから、自分の顔が熱くなっていることに気が付いた。

「いや、えっと、うん、じゃあ、しょうがないよね」
「そうですね。安心してください、何もしません。じゃあチェックインしてきます」
「えっ」
「……やっぱり、嫌ですか?」
「いやいや、そんなことはないよ!嫌なんて、有り得ないです」
「そうですか、では」

そう言って涼しい顔をしてフロントへ向かったテツ君の後姿を見て、私の心臓は強く脈打っていた。
まさかこんな展開になるなんて、確かに朝まで一緒にいれたらなんて思ったけれども。
そんな抗議を心の中でしてもまるで意味などなく、鍵を片手に戻ってきたテツ君の後ろについて歩く私は、多分正気ではなかったと思う。
それでも哀しいかな、テツ君の態度はこんな状況になったというのに驚くほどいつも通りだった。



部屋の明かりをつけるとそこにはやはりシングルのベットが一つのみだった。
残念ながらソファもなく、一人掛けの椅子があるのみだ。
ここでテツ君と眠るのかと思うと、全身が沸騰するような気持ちだ。
というか、眠れるはずがないと思った。

ぎこちなく椅子にバッグを置いて、羽織っていたストールも掛ける。
テツ君もスーツの上着を脱いでハンガーにかけている。
その姿がなんだかカッコよくて、また私は体温が上がる。
私はこのまま発熱してしまうのではないだろうか。

「桃井さん、先にシャワー、」

テツ君がそう言いかけた時、激しい雷鳴の後に部屋の明かりが消えた。

「きゃあ!何!」
「桃井さん!」

極度の緊張の最中だった私は混乱してしまう。
テツ君の声を追うが見当たらなくて泣きそうになってしまう。

「テツ君…」

そう呟いたとき、後ろから暖かいものに肩を支えられた。
触れられた瞬間にそれがテツ君の手だとわかった。

「大丈夫です。停電です、多分すぐ復旧します」
「う、うん」
「怖いなら、こうしてましょう」

そういうテツ君の声はすぐ耳元で聞こえて、まさに息もかかる距離にいることに気が付いた。
あまりの近さにさっきまでの恐怖も吹き飛ぶが、振り解こうなんて気にはまるでならない。
ただ耳元で聞こえるテツ君の声が、体を熱くする。
何かを期待しているような、それでいてそうなってしまっては困るような、複雑な気分だ。

しかし、そんな私の気持ちも虚しく明かりが戻った。

「あ、よかった!」

これでいつもの距離に戻れると安堵して、テツ君の傍から離れようするが、その手は離れることはなかった。
てっきりすんなりと放してもらえると思っていた私はどきりとする。
まさか、でもそんなことはありえない。テツ君に限って。

「テツ君…?」

そう思って名前を呼んでも、返事は返ってこない。
そして、肩に触れている手もそのまま動く気配がない。

次の瞬間、耳に何かが触れた。
考えるまでもなく気付いてしまう。それがテツ君の唇だということに。

「テ、ツ、君…?」

返事はない、でもそのままテツ君の頭が首に埋められるのを感じた。
首筋に口付けられて、私は更に体温が上がった。

『安心してください、何もしません。』

そう言った彼の言葉を思い出す。
冗談は嫌いじゃなかったのか、そう考えても口には出せなくて、されるがままになってしまっている。
唇がだんだんと背中に移動していき、更にドレスの背中のチャックに手が掛けられた。
ゆっくりと下げられるそれに、遂に私の限界が来て、初めて非難の意味を込めて声を上げた。

「テツ君!」
「……嫌、ですか?」

意を決して発した言葉なのに、そう言われてしまうと本当に弱い。
だって、10年越しの片思いの相手なのだ。嫌かといわれるとそれは違う。
そんなことを考えている間にもチャックはどんどんと下がっていく。
背中が丸見えになって、そこに唇が落とされる。
柔らかいその感触に身体が震えた。

チャックはもう腰まで下がっていた。
私はドレスが落ちないように必死に胸元を押さえている。
このまま、私はどうにかなってしまうのだろうか。
そう考えると涙が出てくる。
上手く言えない。嫌じゃないけど、嫌だ。

「テツ君…何もしないんじゃなかったの?」

そう言って振り向くと、テツ君の動きが止まった。
触れていた手と唇が離れてまた肩に触れると、ゆっくりと身体を離された。

「すみません…嘘、ついちゃいましたね」

俯いたテツ君の口から謝罪の言葉が出た。
言葉のトーンが少しだけ低い気がする。

「桃井さんが素敵だったので、つい…」
「ついって…テツ君いつからそんなプレイボーイになっちゃったの?」
「なってないです。こんなこと好きな人にしかしません」
「それを、先に言ってよ…!」
「すみません、だから、泣かないでください。すみませんでした」

涙が零れた以上、泣いてない!なんて言えなくて、私は黙り込んだ。
テツ君が申し訳なさそうにこちらを覗く。
それが愛おしく感じて、私はとことんテツ君に甘いなと思った。

この10年間、ずっと聞きたかった言葉が聞けた。
そしてこの状況で、私はテツ君を拒否するなんて出来るはずがない。


「じゃあ、……明かり、消そう?」

そう言うと、テツ君は少し驚いた顔をした。
その後、私に一歩近づいて肩に触れる。

「いいんですか…?」

確認するように言ったテツ君の言葉に、私は視線を逸らして深く頷いた。


明かりの消えた部屋で、私たちの影はベッドへと消えた。



End.





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