zzzA

□ハッピーバレンタイン
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父には断られてしまった。
あんなにも自分を溺愛していた父にすら断わられて、母にも微妙な顔で断られた。
お昼に友達にも頼んだが引き攣った顔で断られた。
部活の先輩たちにも「流石に無理や」なんて言われてしまうし、大ちゃんなんてダッシュで逃げだした。
でも、どうしても諦めるわけにはいかなかった。
だって私は料理が大の苦手なのだ。
誰かに毒味してもらわないと、30回目にして焦げずに焼けたこのチョコクッキーをテツ君にあげるなんて無謀なことはできない。

バレンタインデーにあやかるのは毎年のことで、でもいつも用意していたのは既製品だった。
料理が壊滅的なのは周知の事実で、2月に入るなり手作りはやめておけと耳にタコが出来るくらい言われる。
その勢いは凄まじく、最終的には赤司君からメールが来るほどだ。
そこまで言われて手作りをするほど、私は身の程知らずではない。
大人しく既製品をテツ君に毎年あげていたのだが、やはり既製品だと義理だと思われるようだ。
ありがとうございますの言葉と一緒に受け取っては貰えるものの、それ以上進展することはなかった。
これでも結構わかりやすくアピールしているつもりなのに、テツ君の反応は一向に変わることはない。
だから今年はこそはと一念発起したのだ。


「だから、お願い!!」
「え、ちょ…マジッスか?」
「もうきーちゃんしかいないの!」

公園に呼び出したきーちゃんは予感がしていたのか、それとも大ちゃんから話がいっていたのか、少し顔色が悪い。
そんなにいやなのか、そう考えてももう残りはきーちゃんしかいないのだ。

「味見お願いします!!」
「でも、オレこの後モデルの撮影が…」
「一枚でいいの!」

グイッと差し出した箱には自分では綺麗に焼けたと思っているクッキー。
味だって自分で何枚も食べて確かめた。
美味しくできたとは思うけれど、やっぱり第三者の意見が聞きたい。

「いや、見た目は綺麗ッスよ…それでいいじゃないッスか!」
「でも、味が…」

そう言って俯いてしまった私を見て、きーちゃんがため息を吐いた。
そろそろ、諦めた方が良いのかもしれない。
そう思い始めたとき、声が聞こえた。

「じゃあ、僕が頂いても良いですか?」
「えっ!」
「黒子っち!」

助かったと言わんばかりのきーちゃんの声に少しむっとしたものの、自分の料理の腕のせいなのだからそれには何も言わない。
それよりも、今は突然現れたテツ君の方が問題だ。
だって、このクッキーはまだ味見が済んでいないのだ。
本命に、しかも味見用クッキーを食べさせてしまうのはいかがなものか。
そう考えても丁度いい言い訳なんて思いつきもしない。

「でも、これは…味見用だし…」
「じゃあ黒子っち、オレはこれで!」
「はい、さようなら」

小さな声で抗議したものの、きーちゃんに邪魔されて聞こえていなかったようだ。
テツ君は申し訳なさそうにこちらを見る。

「すみません、部活帰りなんですがお腹が空いてしまって。ダメですか?」
「いや、そんな事は全然ないんだけど!……お、美味しくないかもよ?」
「美味しそうです」

そう言ってテツ君は箱から一枚のクッキーを取り出すと、一口食べた。
そしてそれを噛みしめごくりと飲み込むと、私の方を見て口を開いた。
私はそれを息も詰まるような気持ちで見つめる。

「美味しいです」

そう言ったテツ君の声を聴いて、私は湧き上がるような気持ちになった。
今まで何を作っても皆にマズイと言われてきたのに、この30回目のクッキーは初めて美味しいと言ってもらえたのだ。
それも、好きな人に。

「よか、よかったよー!」

安堵のためか、ポロリと涙が零れた。
自分でも思っていた以上に、緊張していたようだ。
これから綺麗にラッピングした方のクッキーを渡すという大仕事が残っているというのに、涙は止まりそうにない。

「だ、大丈夫ですか?」
「うん、ちょっと安心しただけ。よかったー!」

頭の上にテツ君の手が乗せられて、それがまた嬉しい。
多分今までで一番幸せなバレンタインデーだ。
そう思って涙も止まりかけたとき、テツ君が口を開く。


「それにしても、今年は手作りなんですね」
「う、うんっ!ちょっと今年は頑張ろうかなって…」
「そうですか…それは貰える人が羨ましいですね」
「テツ君だよ!」

思わず大きな声で言ってから、告白同然のことをしてしまったのだと気が付いた。
テツ君は驚いた顔をして固まっている。
自分のしでかしたことに気が付いた私は、顔がカッと熱くなるのを感じた。

「あ、あの…もらって、くれる?」
「あ、は、はい。ありがとうございます」

とにかく用意したラッピング済みのクッキーを渡して、テツ君の顔を盗み見る。
テツ君の顔はさっきと変わらず驚いたままだ。

「あ、あの、テツ君?」
「は、はい」
「あの、何回も言ってるけど、好きだから!」

ええい儘よと言わんばかりの勢いで告白して、私は逃げた。
もう耐えられなかった。
でも、それはテツ君によって阻止されてしまう。
私の手を掴んだテツ君の手が、熱い。

「嬉しいです」

振り向くと驚いた顔のままでポツリとそう言われた。
私はどうしていいか分からなくなってしまって、黙り込む。
それを見て、テツ君が更に口を開いた。

「僕も、同じ気持ちです」

そう言って笑うテツ君の顔を見て、私は熱くなった顔を隠すようにしゃがみ込んだ。

「桃井さん?」

その笑顔は、その言葉は、反則以外何物でもないと思った。



End.




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