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□難しい一歩
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付き合い始めて約一年、初めてのキスをするまでに要した時間は実に半年だ。
その後半年間、それ以上はおろかキスですら数えるほどしかしていない。

初めてのキスは触れるだけだった、それからのキスも触れるだけで、するたびに私は物足りなくなっていく。
もっと触れて欲しい抱きしめて欲しいという欲望がどんどん膨らんで、自分はヘンタイかなんかじゃないのかと悩んだりもした。
悩んだって触れて欲しいと思う気持ちは消えるはずもなく、会う度触れる度にそれは大きくなっていく。

そんな矢先の話だ。
いつも通りにテツ君の家を訪ねて一緒に夕食を食べていたら、いつの間にか外は大荒れ。
テレビをつけると交通機関のマヒが報じられていた。

「泊まっていってください」

さも当たり前のように言うテツ君を前に、私は一人で焦っていた。
お泊りは初めてのことだ。

「明日も会う約束をしていましたし、丁度いいです」

私は帰る準備が万端で、マフラーで顔の半分は隠れている。とはいえ、私の顔が赤いのはバレバレだろう。
なのにテツ君は相変わらずだ。何を考えているのか分からない。
そこが素敵なんだけど、たまには焦った顔も見てみたいなんて思ってしまうのは我が儘だろうか。
そんなことをテツ君に望むなんて無駄だと思いつつ、この状況では帰ることも出来ないため、私は諦めてマフラーを外した。
コートを脱いでハンガーにかけていると、テツ君は部屋に布団を敷いていた。

「すみませんが一組しかないので桃井さんは布団に寝てください」
「テツ君は?」
「僕はその辺で…」
「絶対ダメ!」

そう言ったところでテツ君が譲るはずもないけど、だからといって自分だけのうのうと布団で寝れるはずもなかった。
この展開で予想されるのはもちろんひとつだ。
遂に『その日』が来てしまったのかと、怖いようなそして期待してしまうような複雑な気持ちだ。

「では、一緒に寝ますか?」

首を傾げながらこちらを見るテツ君はなんて可愛いんだろう。
普段はカッコいいけど、こういう仕草も何ともいえない可愛いさなのだから反則だ。
付き合って一年経っても、この想いだけは変わってくれない。

「じゃあ、…そうしよっか」

そういうと、テツ君は納得したようでキッチンへと消えて行った。
そしてゴソゴソと何かを取り出すと、こちらを向いて言った。

「寝るにはまだ早いので、お酒でも飲みましょうか」

正直今はそれどころではない。しかし流石に意識し過ぎなのは自分でも気づいているのだ。
その言葉に甘えてグラスに注がれるワインを、私は口に含むと、大きく呑み込んだ。

「美味しいですか?」
「うん、飲みやすいね」
「飲み過ぎないようにしましょう」
「ハイ」

この状況でもテツ君の態度は変わりがない。
私はというと飲みなれないワインで少しだけ酔ってきた。
だからといって緊張がほぐれるわけではない。
赤い顔はお酒のせいにして、私は幸せな一時を過ごした。
もっと触れたいなんて不純な想いは胸の奥にしまってしまおう。





「そろそろ寝ましょうか」
「明日には晴れてるといいね」
「そうですね、少し治まってきた気もしますし、止んでるといいですね、雪」

そんな会話をしながらテツ君に借りた服を着てテツ君の布団に、テツ君と共に入る。
遂に来てしまったのだ、その時が。

しかしいつもと変わらない様子のテツ君はいつもと変わらない顔色で横に寝ている。
私はといえばドキドキしすぎて壊れてしまうんじゃないかというくらい心臓が脈打っていた。
その時、スッと横からテツ君の手が伸びてきた。
ふとテツ君の方を向くとこちらを見ているテツ君と目が合う。
近づいてくる顔、キスされるのだと気付いて目を閉じたけれど、内心はそんな落ち着いていられなかった。
遂に、遂にその時が来てしまったのだ。
触れられた頬の感触が心地よくて、お酒も入っているせいか感情の高ぶる。
触れた唇から順に身体が痺れて、怖いような、それでいて期待してしまうような不思議な感覚。
期待と不安が入り混じったまま唇が離されると、テツ君は少しだけ微笑んで「おやすみなさい」と言った。


堪らないと思った。
これ以上耐えるなんてできないと思った。
もっともっと触れて欲しいのに、テツ君はこのまま寝ようとしている。
どうしてもそれは嫌で、でも自分からしたいなんて口が裂けても言えなくて、私はそのままテツ君の胸へと飛び込んだ。

「桃井、さん?」

戸惑うようなテツ君の声が真上から聞こえる。
こんなに近くで声を聴くのは初めてかも知れない。
その少し低い声がまた背筋を痺れさせて、私はこのままじゃ無理だと思った。
テツ君にもっと触れたいとしっかりと自覚してしまったのだ。

「やめ、ないで」
「あの…」

テツ君の手が戸惑うように肩に触れる。
それだけで嬉しくて、もっとなんて思ってしまう。

「お願い、これ以上言うのは、…恥ずかしいの」

そう言ってテツ君の胸板に顔を押し付けると、テツ君の腕は私の背中へと回った。
そしてギュッと力を籠めると、テツ君は私の耳元で囁いた。

「すみません、言わせてしまって」

そのまま重ねられた唇は、今までの触れるだけのものとは違ってとても深いものだった。
頭の中が溶けるような感覚に酔っていると、背中に暖かい掌の感触がした。

「ぁ…」

解放された唇から小さく声が漏れると、テツ君がこちらを覗き込みながら言う。

「僕も経験が無いのでどうしたらいいか分からなくて……、触れても良いですか?」

自分から誘っておきながら恥ずかしくなってしまう。
私はテツ君に胸に顔をうずめると、こくりと頷いた。
それを確認すると同時に、テツ君の手はTシャツの奥へと入ってきた。
下着のホックを外され、手が前に回って触れる直前に、またテツ君が念を押すように口を開く。

「あの、本当にいいですか?」

触れるために二人の間には空間があって、そのせいで私は顔を隠せない。
目が合ってしまったから私の顔が真っ赤なこともばれてしまった。
いっぱいいっぱいになりながらコクコクと頷くと、彼の温かい手は私の胸のふくらみに触れた。

「ひゃっ」

ビクリと身体が反応して、それに驚いたテツ君の手が一瞬止まった。
でもまたすぐに動き始めて、私の身体もそれに合わせて反応する。

「実は、触れてみたいと思ってました。こんなこと、口が裂けても言えないと思ってたんですけど…」

テツ君の本音が聞こえる度に、私の身体は敏感になっていくような感覚だ。
「柔らかいですね」なんて感想まで言われて、私はどうしたらいいのか分からなくなってしまう。




全身をくまなく触られて、いつの間にかお互い服を着ていなくて、恥ずかしくても気持ちは完全に高ぶっていて。
そんなふわふわした感覚の中でテツ君の声が聞こえる。

「…いいですか?」

それがどういう意味か、分からないほど子供じゃない。
テツ君の顔を見てコクリと頷くと、ソコに当てられる感覚の後、激しい痛みが私を襲った。

「くぅっ…」
「大、丈夫ですか?」

その問いにうんうんと頷きながら痛みに耐える。
痛くても、やめて欲しいなんて思わなかった。
心配そうなテツ君の声が少しだけ遠くに聞こえる。

「やめ、ましょうか?」
「や、だ、やめ、ないで」

一杯一杯の痛みの中で、その言葉だけは否定したかった。
痛みよりなにより、幸せな気持ちの方が上回っていたのだから。

痛みがやっと止んだ頃、テツ君の動きも止まった。
上から覗き込んでくるテツ君と目が合うと、彼は急いで顔を逸らして私の目を塞ぐ。

「あの、あまり見られると恥ずかしいです」

そんなテツ君を見るのは初めてで、私だけが余裕がないと思っていたせいか、その態度が嬉しく感じた。
余裕のないテツ君も、カッコいいことに気が付いたのだ。



「あの、そろそろいいですか?」
「うん、いいよ」

私の返事を合図に、テツ君は動き始める。
その動きに合わせるように、私の口からは声が漏れた。
なんだかよく分からないのだけど、これが快感なのか全然分からないのだけど、不思議な感覚が身体を支配する。

「あっ…ん、あぁ!」

自分の声とは思えないような声が耳から入って、同時にテツ君の吐息も聞こえた。
どうにもならないくらい愛おしくて、そんな感情が溢れそうになったとき、テツ君の声が上から聞こえた。
それは聞いたこともない、テツ君の切羽詰まったような声だった。

「もも、い、さん…」
「テツく、んっ…あっ」

名前を呼ばれればそれだけで背筋が痺れた。
同時に名前を呼べば、テツ君の目が私を見る。
その目が、余裕のない表情が、全てが、私を虜にして離さない。

「……く、もうっ」

テツ君が苦しそうにそう言うと、彼の動きが止まった。
中で脈打つ感覚がして、ああ自分は遂に経験してしまったのだと思うと同時に、なんて大胆なことをしてしまったのだろうと恥ずかしくもなった。
私は遂に、テツ君とひとつになってしまったのだ。


「桃井さん、大丈夫ですか?」
「う、うん!大丈、夫」

恥ずかしさに布団で顔を隠しても、何の気休めにもならない。
同じ布団の中にテツ君もいるのだから。



「そういえば、」
「なんですか?」

ふとあることに気が付いて私は口を開いた。
意外といえば意外だった、こうなることは予測不可能だったはずだと自分は思っているから。
それに気が付いて、私は思わず口に出してしまう。

「テツ君、避妊、ちゃんとしてくれてたんだね」

準備していなければ持っていないだろう避妊具が当然のように使用されたことを思い出して私がそう言うと、テツ君の顔はみるみるうちに赤く染まっていった。

「すみません…その、いや、すみません……」

そのまますっぽりと布団に隠れてしまったテツ君が再び顔を出したのは、翌朝のことだった。



これが私たちの、ちょっと遅めの初体験だった。


End.



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