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□Which is chosen
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大学を卒業してテレビ局に入社が決まったところまでは人生って素晴らしいと思っていた。
目標だったアナウンサーになれて早速番組を任されて、こんなにとんとん拍子に進むなんて少し怖いとさえ思っていた。
でもやっぱり現実はそう甘くはなかった。

淡々とニュースを読むカッコいいアナウンサーになるはずだったのに、任されたのはおちゃらけたグルメやアミューズメント施設のレポートばかり。
バカにしているわけではないが私のやりたかったこととはかけ離れている。
毎日笑ってバカやって、お茶の間からは愛されても大好きなテツ君には相手にされないままだ。

思えば大学受験の頃から忙しさを理由に突撃することもなくなっていた。
私から行かなければテツ君から連絡が来るはずもなく、帝光時代のみんなと久しぶりに会った時には、突撃する勇気なんて消え失せていた。
大ちゃんの服の裾を引っ張っては失神しないように必死で意識を保っていた。
久しぶりに見るテツ君は素敵過ぎて、どうしても目を合わせられなかった。
それでもこのまま疎遠になんてなりたくない一心でメールだけは送り続けていた。
それは、大学を卒業した今でも続いていた。
一日一通、仕事中にテツ君から来ていたメールを、仕事終わりに見て癒されるのが私の日課だ。

メールでは昔の私でいられた。
『テツ君大好き!』『テツ君結婚して!』
なんてふざけた内容を冗談めかして送ると、テツ君はいつもそれを華麗にスルーして返信してくれる。
『今日は小説の発売日です』とか
『今日は雨がひどかったですね』とか、それはもう無難な内容ばかりで、やっぱり脈が無いんだなと思うと、それ以上は踏み込めなかった。
そして、私も無難な返事を送ってしまう。
『小説今度貸してね』なんて、会う予定もないのに送るのだ。

そうやってテツ君とのメールも社交辞令になってきたとき、後輩がニュースキャスターに抜擢された。
入社間もない後輩が任されて、ずっと希望している私はなぜこのままなのか、上司に直談判しても納得のいく回答は得られなかった。
そんな最中のレポートが上手くいくはずもなく、噛んでは撮り直しが続いて現場の雰囲気も悪くなっていく。
ディレクターに悪態を吐かれて半泣きで家に戻ったとき、テツ君からのメールにはしばらくメールが出来なくなる旨が書かれていた。

『すみません、これから少しの間忙しくなるのでメールの返信が出来そうにありません。また時間を見つけてメールします』

仕事が忙しくなったのかと容易く想像できるのに、私は愕然としてしまった。
今まで無理をしていたせいか、張り詰めていた糸がぷつんと切れるようにソファに傾れ込み動くことができない。
食事をとる気にもなれないし、シャワーなんてもってのほかだ。
そうして何時間過ごしたのか自分でもわからなくなってきた頃、電話が鳴った。

そのベルに突き動かされるように起き上がると、時計は11時を指していた。
こんな夜遅くに電話してくるような人間は一人しか思い浮かばない。
最近はめっきり減ったものの、全くないわけではなかった。
その人だと思うと、電話のベルすら暴虐無人に思えてしまうのだから可笑しい。
少しだけ元気が出たところで受話ボタンを押すと、聞きなれた声が聞こえた。

その声はいつもとは違った。
いつもの他人のことなどお構いなしの自分勝手な喋りではなく、少し落ち着いていてそしてどこか緊張しているような声だ。
その声で彼は言った。

「今からいつもの公園にきてくんね?」

有無を言わさぬいつもの彼とはまるで違う物言いに、私は二つ返事で返す。
「待ってる」
彼がそう言うと電話は切れた。

沈んでいた気分を少しだけ忘れていたことに気が付く。
声色が違うだけでここまで私を動かせる彼はやっぱりすごい。
それだけ、私にとって大事な幼馴染なのだ。

私は帰ってきたそのままの格好でカバンを掴むと、家を飛び出した。




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