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□遠回りをする
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それは何度目の壁外調査の時だったか、その時、ミカサの運命ががらりと変わった。

それは単なる偶然で、故意とかそういうものは一切なかった。
ただエレンがまた勝手な行動をしただけだ。
入り乱れる形で巨人の群れを始末していく中、ミカサは信じられないものを見た。

エレンの刃が解けつつあったミカサのマフラーを両断したのだ。
度重なる回転で解けつつあったマフラーが気にはなっていた。
しかしそれを直す暇などなく現れる巨人を削いでいた。
戦闘に参加するなと言われていたエレンが隙を見て巨人のうなじに斬りかかったとき、刃先がマフラーに触れた。
巨人のうなじを切り取るほどの切れ味を誇る刃がマフラーを見逃すはずもなく、ミカサのマフラーはものの見事に真っ二つになってしまった。

「あっ!!」

一瞬の気の緩みが大事故につながる。
立体機動装置とはそういうものだし、ここは壁外なのだから尚更だ。
アンカーが上手く樹に刺さらずにバランスを崩す。
落ちていく中で目の前に揺れるマフラーを見て、ミカサは確かに何かが壊れていくのを感じた。
しかしそんなものに気を取られているわけにもいかないのが壁外だ。
直ぐに体勢と戻そうとアンカーを巻いている最中、死角から巨人が現れた。
真っ直ぐにミカサを狙っている巨人を避ける術が見当たらない。
アンカーは巻き終わっていないから発射することが出来ないし、一つのアンカーでは動きが単調ですぐに捕まってしまう。

伸びてきた巨大な手がミカサに触れるか否かという瞬間、ミカサは何かにぶつかった。
最初は硬い何かにエルボーを食らわされたのかと思ったがそれは違った。
上へと飛んだその硬い何かが喋ったのだ。

「壁外で気抜いてんじゃねぇ」

重力の関係か、その硬い胸に押し付けられた頬がほんのりと痛い。

「立て直したらすぐ戻れ。マフラーは終わってからだ」

巨大樹の上層の枝で落ろされたミカサは、「はい」という他になかった。
ミカサの頬は兵長の胸板に打ち付けられたせいでじんじんと痛んでいた。

さっきマフラーが切れたときに感じた壊れたモノが何かはわからないが、それとは別にまた何かが出来たような気がした。
ただそれがなんなのか、ミカサには到底わかるはずもなかった。


壁内に戻ってすぐのことだ。
罰の悪い顔をしたエレンがミカサに謝った。
ミカサはさして気にしない体でそれを受けて、そして元通りに戻るはずだった。
あのアルミンですらそう思っていたのだから104期の連中は心底驚いた。

ミカサのエレンへの執着が、マフラーと共に切れてしまったのだ。




 * * *


エレンはミカサの執着が切れれば晴々するのだと思っていた。
しかしどうだろう、ミカサが本当に大事にしていた子供時代の自分のマフラーを切ったのが、故意でなくとも自分とあれば罪悪感は湧くものだ。
「元々エレンに貰ったものだから」と二つ返事で許してもらったものの、その後のミカサの様子を見ていてエレンはどうしようもない罪の意識にに苛まれた。

マフラーはちゃんと回収して修理してミカサに返した。
しかしミカサのエレンに対する態度は避けてはいないにしても、以前のそれとは違いすぎる。
エレンとジャンが喧嘩をして入れば止めに入るし、エレンに攻撃的な物言いの人がいれば食って掛かる。そんなミカサだったはずなのに、今は借りてきた猫のようだ。
そして何より、もうマフラーを巻いていないのだ。
これは由々しき事態だと104期が集まってひそひそと話していても、ミカサは虚ろな目で薄い豆のスープをゆっくりと口に運ぶだけだった。


「エレンがマフラー切っちゃうからミカサが壊れちゃったんですよ!」

サシャが言った。

「あんだけ大事にしてたんだから当然だろ」
「ちゃんと謝ったよ!」
「謝って済む問題じゃねぇだろ!」

ジャンとエレンが小声で争い始めたとき、アルミンがそれを制すように言った。

「今はそれどころじゃないでしょ。このままじゃ次の壁外調査が危ないよ。あのままじゃ生きて帰れるとは思えない」

アルミンの言葉に全員が頷くと、そのままミカサの元へと歩き出した。
次の壁外調査までにどうにかしなければと、ミカサに恋心を寄せるジャンじゃなくてもそう思ったからだ。


「ミカサ、最近どうしたの?ボーっとしてる」
「アルミン」
「マフラーは残念でしたけど、直ったんですよね?」
「サシャ、マフラーは気を取られると危ないから部屋に置いてある」
「じゃあなんで最近ずっとうわの空なの?」
「それは…」

一瞬ミカサがほんのりと頬を染めた。
そして無くなったマフラーで顔を隠そうとした右手が空を切る。

「頭から離れなくて困っている」
「なにがだよ…?」

嫌な予感がしたジャンがミカサの言葉を催促した。
頬を染めるミカサなんて見たことがない。
もしかして、ミカサはどこぞの男に恋をしたんじゃないだろうかなんて予感がジャンの頭を過ぎった。
そんなことが頭を過ぎったのはジャンだけだったようで、他の皆は真剣にミカサの話を聞いている。
迫る仲間に少し照れながらミカサが話した。

「兵長の…」
「兵長!」

勝てる見込みがないとジャンが気を失いかけたその時、ミカサの次の言葉が聞こえて意識を取り戻した。

「胸板が。凄く硬くて、あんなの初めてで」
「えっ」
「前の壁外調査で助けてもらった時に…」

ミカサはまるで恋する乙女のような顔でそういってのけた。
一気にテンションが下がったジャンが、心配して損したと言わんばかりに離脱した。
それに次いでクリスタとユミルも離れ、サシャはミカサのパンをくすねようとして手を弾かれていた。

「確かに兵長の筋肉はすげぇけど…」
「ミカサがそこまで惚れこむなんて珍しいね」

エレンとアルミンも若干引きつつもコメントした。
ミカサは恥ずかしそうに俯くと、豆のスープを口に運ぶ。
そして小さな声で「触ってみたい」と呟いた。
アルミンがすかさず「兵長に頼んでみなよ」と言うと、ミカサは恥ずかしそうに「今度頼んでみる」と言ったのだった。

エレンはここ数日の罪悪感を感じていた日々を返して欲しいと思った。
そして、やっぱりミカサの執着が無くなったことは喜ばしいことだと思った。
そして同時に、兵長に同情するのだった。


「これからは兵長の胸筋に執着すんのかあいつは」
「いや、どうなんだろう…僕にはわからないよ」

呆れきった幼馴染の声は、ミカサの耳には届かなかった。






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