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□窮すれば通ず
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夜、団長執務室に笑い声が響いた。他でもないハンジの声だ。
それが不快だと示すよりも、今は大事なことがある。目の前で困り顔で笑っているこの男をどうシメるかだ。
隣を見れば顔面蒼白の女がいる。
常にしている長いマフラーと長い前髪のせいで顔の三分の二は隠れているが、それでも顔の青白さは良く見えた。

「バカなこと言ってんじゃねぇ」
「バカだと思うだろう?私もそう思うんだが、……言っているのは調査兵団の資金援助をしてくれている方でね。それも大規模に」
「…………」
「それに上層部の方たちもなかなか乗り気でね、正直断る術が思いつかない」
「…オレにこんなガキの相手しろって言うのか?」
「まぁ入籍だけまず済ませてから2,3年後にとは言われたが…嫌かな?」

エルヴィンがこんな顔をするのは珍しい。
いつも多くのことを考えてそれでいて答えを持っている奴だと思っていたが、今回ばかりはお手上げのようだった。
だからといって自分も人身御身するような柄でもない。
正直な話、ガキは御免な上に女くらい自分で選びたいものだ。
妻を娶るつもりはなかったのだが、こうなるのならばさっさと適当な女と結婚しておくべきだったのかもしれない。
リヴァイは眉間に深く刻まれた皺を隠す様子もなくエルヴィンを睨みつけた。
そうは思っても、エルヴィンに思いつかない断り文句をリヴァイがそう簡単に思いつくはずもない。
資金が無ければ壁外調査には行けない。事実上、調査兵団は解体になってしまう。
そうなるのは本意ではない。

まだ笑い声が響く中、リヴァイは無言を貫くしか出来ない。
隣でミカサがマフラーを握りしめながら何かをぶつぶつ言っているが、この煩い中では何を言っているのか聞き取ることは難しかった。

「嫌、です」

絞り出すような声でミカサが言った。
それを聞いた途端にハンジの笑い声が止んだ。

「嫌、……です」

もう一度言ったその言葉を聞いて、ハンジが声を荒げた。

「流石に可哀想だよエルヴィン、十五も違うんだよ?こんなおっさんとなんて嫌に決まってる」
「おっさんだと?」
「十五から見たら十分おっさんだよ。それにミカサはエレンが良いんじゃない?普段の態度を見ているとそうとしか思えない。好きな人がいるのに別の人と無理矢理子作りさせられるなんて…、流石にどうにかならない?」
「やはり、そうだろうとは思っていたんだ…」

顔の前で手を組むエルヴィンは困ったような顔をした。
さっきからずっとこの顔だ。正直どうにかしてやらんこともないが自分がうんと言えばそれで済む問題でもない。

ハンジが他に資金援助先を調達すればいいのではないかと提案したが、本来調査兵団へ資金援助すること自体が奇異として見られるのだからそれは難しいし、そんなことが出来るのなら最初から悩んでなどいないのだ。
討論を続けるエルヴィンとハンジに追い出されるように部屋を出たミカサとリヴァイはお互いを睨みつけている。
そして社交辞令の一礼をすると、ミカサは駆け足でどこかへ行ってしまった。
リヴァイはというと完全に手持無沙汰だ。これから掃除をするような時間でもない。
ならばとにかく一服をしようと食堂へ向かったのだった。



―――――――――――



食堂でお茶を飲みながら思案していたリヴァイは、自分が無駄なことしていると気が付いていた。
あのハンジやエルヴィンですら思いつかない妙案が自分に思いつくとは到底思えない。
だからといって十五歳のガキを娶るなんて嫌な上にあんな敵意を向けてくる妻なんて真っ平ごめんだ。
だからといって調査兵団の解体は避けたい。
すっかり冷めてしまっているカップに気付いてチッと舌を鳴らすと、ペトラが「新しいお茶にかえますね」と立ち上がった。

そのすぐ後のことだ。
食堂の扉が激しい音を立てて開いたと思ったらさらに激しい音を立てて閉まった。
不躾な野郎だと視線をそちらへ向けると、まるで気の立った猫のように息の荒いミカサが立っていた。
そして親の仇でも見るような目でリヴァイを睨みつけると口を開いた。

「あの話、受けます」

殺すとでも言ったのかと勘違いしてしまうような低い声だった。
どう見ても納得していない上に憎しみまでこもっているかのような声に、リヴァイの眉間の皺が更に深くなった。

空気を察したのか、ペトラはミカサの分まで茶を淹れると食堂を後にした。
それでもこの部屋の空気は変わらない。
ミカサは尻尾を真ん丸にした猫のように怒っているし、リヴァイは気にせず茶を飲んでいる。

「バカいえ、オレが御免だ」
「子供だけでもいいはずです。なんなら今すぐでも構いません」

詰め寄るミカサにリヴァイは表情に出さずに困惑した。
明らかに嫌がっているのにこの思考の変化はどこからやってきたのか。
エレンが何か言ったとしか考えられないが、エレンがそこまでバカなことを言うともあまり考えれらない。
それとも自分がエレンを買いかぶり過ぎていただけで、巨人を絶滅させるためなら馴染みの女にそんなことすらさせてしまえる男だったということか。
リヴァイがそこまで考えたときにまたしても食堂の扉が開いた。
審議所でミカサを止めていたあの少年と、エレンだった。

「ミカサ!」
「ミカサ、違うんだ。エレンはそういうつもりで言ったんじゃない!」
「エレン、やはりお前か」
「「兵長!」」

声を合わせて叫んだ二人がこちらを見ると、エレンは罰が悪そうに俯いた。
そしてなにか言い訳をしようとしてどもっている。

「あの、これは…」
「何を言ったんだ」
「兵長とミカサの子供ならどれだけ強いんだろうなって…思いまして」
「バカいえ、子供は普通だ。オレは生まれつきこうなわけじゃねぇ」
「そうなんですか…」
「だからといって、連中がそれを信じるとは思えねぇけどな」

そう言って茶を啜ると、今度はアルミンが口を開いた。

「僕も考えてみるから、嫌なら受けることないよミカサ」
「いい、もう決めた」
「何でお前はそう!」
「エレン」

ミカサの頑な姿勢に痺れを切らせたエレンが声を荒げたとき、時計の針は午後9時を指していた。
エレンが地下室で待機しなければならない時間だ。

「時間だ。地下室へ行け」
「でも!」
「例外はない」
「…わかりました」

少し不服そうだったエレンだが自分の立場は弁えているようだ。
ミカサに「ちゃんと考えろ」と一言告げて、エレンは地下室へと向かった。
それに付き添うようにアルミンとミカサも自室へと戻り、茶を飲み終えたリヴァイも自室へと引き上げた。




―――――――――――――――



ミカサはエレンの為ならば何でもする。
そういう認識を持っていることは自分も同じだとリヴァイは思ったが、昼間の態度はどうにもしっくりこなかった。
エレンが見てみたいを言ったから、それだけでリヴァイの子まで産もうとするミカサは常軌を逸している。
まだ何かある、リヴァイは直感でそう思った。
それとほぼ同時の出来事だ。リヴァイの部屋の扉が鳴ったのは。

「誰だ」
「ミカサ・アッカーマンです」
「入れ」

返事とほぼ同時に扉が開いた。
ダメだといっても入るつもりだったのだろう。
こいつはそういう奴だ。

「何か用か」
「先ほどすぐにでもと言いました」
「オレは了承してねぇ」
「早く終わらせたい」
「………」
「なに…ですか」

リヴァイが無言でミカサを見つめる。
少し焦っているミカサの態度を見る限り、やはり本意でないことが見て取れる。
焦っている。早く事を済ませようとしている。
自棄になっていると言った方が正しいか。

「まだ何か隠してるだろ」
「…何もないです」
「まだエレンに言われたことがあるな。言ってみろ」

ミカサは一瞬驚いた顔をしてから眉間に皺を寄せた。
もう何度もその光景は見ているはずだが、今度は違う。
泣きそうな顔だった。
それも涙を見せるまいと耐えている顔だ。

「エレンが、私を見ていないことにはもう気づいてる」

やっとのことで本音を零したミカサの瞳からは涙が零れた。
潤んだ瞳から大粒の涙が一粒だけ零れた。
それ以上は零すまいとミカサは耐えているようだったが、不覚にもリヴァイはそれが綺麗だと思ってしまった。
十五の子供に自分がそんな感情を持つなど、リヴァイは自分が信じられない気持ちだ。

「ふざけるな」
「え」
「お前はそれでエレンを忘れるために俺を利用しようってのか?上官の俺を。バカも休み休み言え、俺はそんなのは御免だ。そもそもガキと寝るなんてもっての外だ。わかったら帰れ、俺はもう寝る」


もっともなことを言ったようで、リヴァイは焦っていた。
ミカサの涙を綺麗だと思った自分に多少の違和感を感じたからだ。
半ば強引にミカサを帰らせると、リヴァイはベットへと横になる。
面倒なことになってしまった。

「あとは俺がイエスと言うだけじゃねぇか」


ランプの灯りを吹き消して、リヴァイは目を瞑った。


end.



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