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□ペトラ・ラルは頷かない
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その日、兵士長リヴァイは初めて笑った。
その顔はあまりにも醜悪で、傍にいた訳ありの新兵はその極悪人のような笑顔を見て背筋が凍ったという。
何かよからぬことが始めるのではないか、そんな新兵の心配など気にもせず、醜い笑みを浮かべた兵士長は立ち上がった。

リヴァイは酷く興奮していた。
ずっと不可解だったものの謎が解けたのだと気付いた途端に、どんな事があっても緩むことのなかった表情が緩んだ。
それはあまりにも不可解だったのだ。このところ体調不良の原因、謎の動悸に謎の不整脈、落ち着いていた性欲が謎の復活、手の震え、滲み出る汗、コントロールの効かない感情、どれをとってもまだ三十路の自分には早い症状だった。
性欲の復活のせいか、もしかしたら死の病に犯されているのかもしれないと信頼のおける上司に相談したところ、笑ってはぐらかされたのは記憶に新しい。
なんだかわけのわからない難癖をつけてきたクソメガネはスルーしてきたが、今にして思えばそれもそうだ。
まさか自分がこんな事になるとは思いもしなかった。
確かに可愛いとは思っていた。良く慕ってくれる有能な部下だとは確実に思っていた。
ここまで無愛想を拗らせた三十路の分かり辛い男に良くついてきてくれるものだと、そう思っていた。
それがいつの間にか恋愛感情に発展するなど、どこの誰が想像できようか。
このご時世に自分が女にに惚れるなど、自分の脳内の平和具合に呆れつつ額に手を乗せた。

「やぁリヴァイ、そろそろ気が付いてもいいんじゃない?自分のき・も・ち・に!」
「クソメガネか、おかげさまでな」
「マジで!やっと認めたの!?じゃあどうする?これから告りに行く?ちょっと見学してもいいかな!陰から見てるだけだから!」
「バカ言ってんじゃねぇ、めちゃくちゃにされんのが目に見えてんだろ」
「え、マジで告んの?」
「言わなきゃ始まんねぇだろ」
「流石リヴァイと言うべきかな。普通はうじうじ悩むもんだけど」
「オレがそんなタマか」

面白がっていたハンジの興奮が冷めたところで、リヴァイは止まっていた足を動かし始めた。
向かうのはもちろんリヴァイ班の各部屋のある東棟で、ペトラの部屋も当然把握している。
食堂にオルオがいたことから邪魔が入ることはなさそうだと考えたとき、後ろからいつものふざけた声色とは違った声色でハンジが言った。

「襲っちゃだめだよ?」
「あ?」
「だから、ここは地下街じゃないんだからね。紳士のように振る舞って!ペトラが嫌だということはしない!」
「………ああ」

肯定の返事をすればハンジは安心したように「頑張れ!」とガッツポーズをしていた。
地下街とは違う、それはあたりまえのことで、流石の自分でも女を襲ったりはしない。
つまりはペトラの同意があればいいんだろと、簡単に考えていた。

ペトラの態度は明らかだ。誰が見ても自分に好意があるのだとわかる。
だから想像すらしていなかった展開に、自分の頭はどうにかなりそうだったのだ。





「あ、の、ごめんなさい!」

風呂上がりの湿った髪、薄手の白い寝間着の裾からは普段は見えない素足が覗いていた。
ただでさえ色々と刺激されるであろう格好で出てきた女が自分の想い人だというのなら、それはそれはとてつもない破壊力を生む。
昔の自分なら何の反応も見せなかっただろうその恰好に、今回ばかりは不覚にも心臓が鳴った。
なのに、なのにだ。
ペトラの返事は残酷なものだった。

「あの私、兵長とそういう関係になりたくありません!」

最初の謝罪の後に何がどうなったのか、説明を求められても応えることは出来ない。
カッとなって押し倒してしまった自分に少々驚きながらも、ペトラの言葉に軽くショックを受けている自分がいた。

「嫌か」

念を押すように至近距離まで顔を近づけて問う。
ペトラは真っ赤になった顔で必死に抵抗している。
その赤い顔が何を意味するのか、それが分からない。
ただ自分の考えていることとは違うことだけはわかった。


「嫌です、やだ…」

遂にその大きな瞳から涙が滲み始めたとき、流石の自分でも罪悪感に襲われた。
そうしてやっと思い出したのだ、ハンジの『ペトラの嫌がることはするな』という忠告を。

「そうか、悪かった」

やっとのことで引っ込めた手が虚しく感じる。
さっきまで勝手にとはいえ触れていたペトラの柔肌が、早くも名残惜しく感じる。

「邪魔した」

そう言ってペトラの部屋を出たとき、初めて自分が傷ついているのだと気が付いた。
こんな風に心臓が痛むのは、いつぶりだろうか。

たとえ人類最強の男と言えど、初恋は実らないものらしい。



つづく

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