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□彼が「yes」と言えない理由
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頭の中で何度シミュレートしてみても兵長は笑わなかった。

頭の中の兵長はいつもの顔でいつものように「馬鹿言え」と言う。
脳内とはいえ取り合ってすらもらえないのがすごく悲しくて、その度に私は絶対に言うもんかと気持ちに蓋をする。
なのにどうしてか、溢れる気持ちは止まることを知らない。

口にも出せない気持ちが辛くて、出してしまえば振られてしまうのはわかっていたのに何をどう狂ったのか、いつしか私は言ってしまえば楽になるのではないかという思い込みに囚われた。
いっそのことスッキリ振られればいいんだ。
そんな勝手な思い込みで告白することを決意した私は、兵長の部屋の扉を叩いた。



木製の扉を叩けばコツコツと小さくノック音が響いた。
時間は午後11時、消灯から約一時間のこの時間は皆自室でゆっくりしている時間だ。
兵長も例外ではないのか、中から聞こえた声は小さくともはっきりしていて良く聞こえた。

「誰だ?」
「…ペトラです。少しお話が」
「入れ」

迷わずそう言ってくれる兵長に少し感動しながら扉を開けると、部屋にはいつもより少しラフな格好でベッドに腰掛ける兵長がいた。
これから寝るところだったのだろうかと思いながらも会釈をして扉を閉める。
兵長の怪訝そうな顔はいつものことだ。
第一印象こそ悪いが、兵長がどんな時も部下思いなのは今までで身に沁みるほどに分かっている。

「話ってなんだ」
「あの、ですね」

告白しようと来たのだから緊張するのは当たり前だ。
少し言い辛そうに言葉を濁すと、兵長の眉間に皺が寄った。
でも私は知っている、これは機嫌が悪い訳じゃないということを。
きっと兵長は心配しているのだ。思い詰めた顔で言葉に詰まる私を。
私のくだらない恋心の為に兵長が心配してくれているのだと思うと心苦しかった。
早く話して早く振られてしまわなければ。
そう思って私は焦ったように早口でまくし立ててしまった。

「好きです!付き合ってください!」


脳内の兵長はいつでも「馬鹿言え」と真っ直ぐに私の目を見て言っていた。
たまに「俺は女は作らねぇ」とか「そんなことしてる場合じゃねぇ」とか言ったりもしていたけれど、全部答えは私を振るものだった。
だから早く振って欲しいと思っていたのに、中々返されない返事に痺れを切らして目を開けると、そこには少し目を見開いた兵長がいた。

意外な展開に私は戸惑った。
私の気持ちなんて兵長ならとっくに気が付いていて、それでいて気付かないふりをしてくれているものだと思っていたからだ。

兵長は気まずそうに視線を逸らすと手で口を覆う。
そして俯いて、小さく言ったのだ。

「それは本当か?」

その声が私の背筋をゾクリとさせた。
おかしい、こんな筈ではなかった。
そんなことを思っても私の心はざわつくばかりだ。
『まさか』なんて都合の良い考えが脳内を駆け巡っては打ち消すのを繰り返して、私の返事は震えていた。

「こんな嘘は、吐かないですよ…」

私の返事を聞いて兵長は遂に項垂れてしまった。
やっぱりそうだ、まさかそんな都合の良い事がそうそう起こるわけがない。
そう思っていつもの振られるルートに脳が戻り始めたとき、兵長は私を隣へ座らせると小さく喋り出した。


「他言は無用だ」
「え、はい」
「俺はお前を抱けねぇが」
「…はい?」
「それでも良いなら、付き合ってやる」

項垂れていた頭をそのままに、兵長が言った。
私は兵長の返事が考えていたものと真逆だった上に、妙な条件まで付いてきていることに混乱した。

「あの、どういうことですか?」

理解に及ばない私に苛ついたのか、兵長は顔を上げると私を睨みつけて口を開いた。
私はというと、あの兵長に睨みつけられているというのに、全く恐怖を感じない。
それどころかいつもの覇気も感じられない兵長がなんだか可愛いとまで思ってしまって、そんなことを考えている事実に罪悪感まで感じてしまっていた。

「だから言ってんだろ、抱けねぇけどいいかって」
「つ、つまり…?」

ギリと兵長の歯が鳴った。
それでも訳の分からない私は返事を待つ。
流石の剣幕に恐怖を感じ始めてきた時、兵長が視線を逸らしてため息を吐いた。
そして、小さく零したのだ。

「勃たねぇんだよ」
「え?」
「EDだ」
「そう、だったんですか…」

思わぬ展開になんだか目が見れなくて、私は前を向いたまま固まった。
そんな私に構うことなく、兵長は言葉をつづけた。

「だからセックスは出来ねぇ、それでも良いのか。ペトラ、お前が決めろ」
「でも、兵長の気持ちが分からないと…決めれません」

私が兵長の目を見て言うと、兵長はいつもの顔で言った。

「………俺がどうでもいい女と付き合うように見えるか」
「見えなくもないです」
「………付き合わねぇよ」
「そう、ですか。………じゃあ…?」
「…そういうことだ」

さっきまでの余裕のなさは一体どこへ行ったのか、いつに間にやらいつもの顔に戻っていた兵長にまんまとやられた私は、顔を赤くしながら言った。


「じゃあ、よろしくお願いします」
「あぁ」


夢見心地とはこういうことを言うのか。
まだ脳内の兵長を打ち消すことができない私には、信じられないような現実だった。






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