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□見えない気持ち
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ペトラがその気持ちに気付いたのは少し前のことだった。
なんとなくふと、最近妙に兵長が気になるなと考えてからは早かった。
ストンと落ち着いたように自分の気持ちに納得をしたペトラは、自覚と同時にその気持ちを押し殺すことにも納得した。
そんな状況ではないというのは建前の理由であり、本音は上手くいくはずのない相手だから諦めたのだ。
兵長が女に現を抜かすなんて想像もつかない上に、たとえ女に興味があったとしても筋肉だらけで可愛げのない自分では万に一つも望みなんてないだろうと考えたからだ。
だから今まで誰にも言わずにひっそりと想いを隠してきたのにこんな形で本人に伝わってしまうなんて、ペトラは心底不運を呪った。



「リヴァイ、上から見合いを勧められているんだが」

夕食後、エルヴィン団長が唐突に放ったその言葉に誰よりも早く反応したのはペトラだった。
兵長のカップにティーポットの注ぎ口をぶつけてしまったのだ。
お茶を淹れるのは普段から自分の仕事で、そんな初歩的なミスなどしたことのない彼女に、調査兵団の皆の視線は集まった。
動揺したことがばれてしまったのは明確で、慌てた彼女は更にお茶をテーブルにこぼしてしまった。

「すみません!すぐに洗ってきます!」

持っていた布巾で素早くテーブルを拭くと、ペトラは兵長のカップを持って給湯室へと消えた。
オルオとエルドの刺さるような視線が痛いが、ペトラは見ないようにした。
背後からエルヴィン団長の「余計な御世話だとは思っていたんだ。断っておこう」なんて声が聞こえてきて、ペトラは今なら壁外で死んでもいいとまで思った。
鈍い連中じゃないことは普段から一緒に過ごしている自分がよく分かっている。
だからこそ誰にも話さずに顔にも出さずにただ同じ班に居れるだけで満足していたのに、これから一体どうやって過ごそうか。
ペトラはグンタの少し憐みの混じった目を思い出して項垂れた。
水につけられたカップを手に取って洗い始めても、ペトラには良い誤魔化し方が思い浮かばなかった。


「遅ぇ」

給湯室に響いた低音にペトラは反射的に背筋を伸ばした。
出来れば今は一番会いたくない相手だった。
けれどペトラが兵長の声を聞き間違うはずもなく、恐る恐る振り返るとそこにはいつも通り不機嫌そうに眉間に皺を寄せた兵長が立っていた。

「すみません、今洗ってすぐ持っていきますので」
「ああ」

兵長はそう返事をするとそのままそこに立ち続けた。
ペトラは食堂で待っていてくれという意味で話したのだが、兵長はそこを動こうとはしない。
間違いなく兵長も気付いたであろう状況でこの行動は何を示すのか、ペトラにはわからない。
洗い終えたカップを拭いてソーサーに乗せてから、ペトラは意地でも知らぬ存ぜぬを貫いてやろうと心に決めた。

「ペトラ」
「…はい」
「俺に言うことはねぇのか?」 

兵長の言葉に不意に顔を上げると、さっきまで認識していた距離とは違って少しだけ近い。
真っ直ぐ射抜くような兵長と視線も重なって、ペトラはさっきまでの決心が早速揺らいだ。

「ない、です…」
「隠し事が通用する相手だと思うか」
「でも…」
「言え」

「…い、言えるわけないじゃないですか!兵長に付き合ってくださいなんて畏れ多くて!」

もうどうにでもなってしまえと半ば自棄になって言い放った声は意外と大きく、言った瞬間に部屋がしんと静まったような錯覚に陥った。
元から部屋は静かだったのにだ。
これでは告白も同然だと、言った傍から後悔をし始めるペトラに、兵長が掛けた言葉は「いいぞ」の三文字だった。
聞き間違えかとさえ思ったが、兵長はペトラの為にご丁寧にもう一度言ってくれたのだ。

「だから、良いと言っている」
「えっ、嘘!」
「下らん嘘は好かん」
「えっと、………」
「一度で解れ。それと、早くカップ持って来い、茶が冷める」

そう言ってペトラを急かす兵長を見て、やっぱりさっきの言葉は自分の願望が生み出した幻聴ではないのかと思った。
その後、兵長の態度が変わるなんてことはやはりなく、ペトラはいよいよ自分の記憶を疑い始めてしまった。



end.



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