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□青桃夫妻の悩み
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桃井さつき改め、青峰さつきは一人で街を歩く。
その顔色は優れているとはとてもじゃないが言えなく、眉間に寄った皺はすれ違う軟派男をことごとく蹴散らしていた。
青峰さつきは機嫌が悪い。
誰のせいで機嫌が悪いのかなんて、考えるまでもない。
旦那である青峰大輝以外に誰がいるというのだろうか。

「さつきさん、どうしたんですか?こんなところで」

こんなに機嫌が悪いというのに、話しかけてくるバカヤローはどこのどいつだといきり立ってさつきが振り向くと、そこにいたのは未だに大好きでやまない青春時代の眩い思い出の彼だった。

「どうかされたんですか?また青峰君ですね?」
「うん、うん!そうなの大ちゃんってばね、またスポンサーがとか言って香水の匂いぷんぷんさせて帰ってきてね!」
「それはいただけませんね」
「うん、でもね、別にキャバクラくらいならしょうがないかなって思うんだよね、付き合いもあるし、でも、でも…」

いつもの愚痴とは違ってさつきが思いつめたように下を向いて言葉を濁らせると、黒子は察したようにさつきを促して歩き始める。
人通りの多い道端で話を聞くよりは、どこか静かな店にでも入って聞いた方が良いと判断したのだ。
席についてアイスティーを二人分頼むと、黒子はさつきの方を見て口を開く。

「許せない理由が、他にあるんですね」
「うん…でもちょっと人には言えないっていうか…」
「僕にもですか?」
「………」

黒子は無言で頷くさつきに無理強いをするような男ではない。
暫く考えた後、黒子は携帯電話を取り出すと何か操作し始めた。
さつきはせっかくお店に入ったというのに何も話せなくて申し訳ないという気持ちになり、何をするわけでもなくアイスティーの氷をストローでつついた。

「さつきさん、今夜空いてますか?」
「今夜は大ちゃんが……ううん、空いてるよ!」
「じゃあ気晴らしに呑みましょうか。みなさんにも声を掛けておきます」
「ホントに!」
「ええ、でもちょっと何時になるか分からないので自宅で待っていてもらえますか?」
「オッケー!楽しみにしてる!」

さっきまでの不機嫌はどこへやら、さつきは久々に会える中学時代の仲間との思い出を思い出していた。
会計は押し問答の結果さつきが負けた。黒子は昔からこういう所がカッコいいのだ。
旦那選びを間違ったかもしれない、なんてさつきは誰にも言えないことを考えた。



  * * *



「へぇ、さつきが泣きそうな顔で、ね」
「許せないッス!青峰っち!」
「もう声は掛けてあります。そろそろ来る頃かと」
「桃井をそこまで追いつめるなんて、旦那のやることではないのだよ」
「ミドチン、さっちんはもう桃井じゃないし」
「青峰だと紛らわしいだろう!」

約十年前にキセキの世代と呼ばれていた彼らが一堂にに会するのは実に三年振りだった。
今は二人足りないが、それもこれから混ざるのだろう。
だからといってその場の雰囲気は和やかではなく、むしろ殺伐としていた。
無理もない、彼らが中学時代に淡い初恋を抱いた相手こそ、桃井改め青峰さつきなのだから。
そのさつきが泣いていると聞けば、彼らはその原因を許しはしない。
それは中学時代に苦労を掛けた彼女への、罪滅ぼしでもあるからだ。

そんな決意を固めた彼ら五人の元に生贄ともいうべき男、青峰大輝が現れたのは、それから20分後のことだった。

「な、んだこれ」

青峰大輝は現れると同時に顔が歪んだ。
既に待機していた五人は細長いテーブルの片側にのみ並んで座っている。
その向かいにちょこんと二つの椅子が並んでいて、青峰はそこに座るほかに選択肢はない。
野生の勘で何か言及されるのだろうと悟った青峰は、くるりと踵を返して帰ろうとしたものの、赤司の持ち出した裁縫ばさみを見るなり諦めた。
未だ、この男には逆らえない。

「やあ大輝、久しぶりだね。座りたまえ」
「なんだよオレなんかしたか?」
「何をしたかまでは僕も把握しなくていなくてね。心当たりはないかい?」
「把握してねぇのにこれかよ!心当たりなんてねぇし!」
「…さつきさんのことについてです」

黒子がさつきの名前を出した途端に、青峰の顔色が変わった。
さっきまでの動揺していた瞳がカッと開くと、青峰の目つきは鋭いものに変わっていた。

「オレは言わねぇぞ」
「僕に逆らうのかい」
「言っちゃいなよ〜峰ちん、あとが怖いって」
「言わねぇもんは言わねぇ、大体夫婦のことに口出すんじゃねぇよ」
「それは一理ありますね」
「黒子、お前が言い出したのだろう!」

口々に話し始める四人に、普段なら一番やかましいであろう男が加わっていない。
黙って見ていた黄瀬が満を持して口を開いたとき、青峰は言い返す言葉を失った。

「さつきっち、オレに相談してこなかったッス」
「………」
「いつもは電話してきて煩いくらいに騒ぎ立てるのに」
「僕にも、口を開いてはくれませんでした」

しんと静まる部屋、黙り込む青峰。
もう少しで青峰は口を割るのではと言わんばかりに、今度は緑間が言った。

「もしかしたら、桃井は誰にも言えずに苦しんでいたのかもしれないな」
「…………るせ」
「僕には、大輝もそう見えるんだがね。話してくれないかい?」

赤司がそう言って青峰の顔を見つめると、青峰はぐしゃぐしゃと頭を掻き毟って叫んだ。

「んなくだらねー事言ってんじゃねーよ!さつきが今度こそ死ぬかもしれねーのに、そんなくだらねー悩みどうでもいいんだよ!」

そう叫んでいる青峰は、なんだか泣きそうに見えた。
そしてそれを見た五人の脳裏に浮かぶのは、三年前のあの日、青峰夫妻の結婚祝賀会のことだった。



  * * *



青峰さつきは過去に一度だけ死にかけたことがある。
それは人生に一度の晴れ舞台での出来事だった。

渋る青峰を必死に説得して何とか実行に移せた結婚祝賀会は、披露宴と何ら変わりない出来映えになった。
洒落たレストランをおさえたのは意外にも緑間だったし、ウエディングドレスとタキシードは赤司が知り合いのデザイナーに頼んだようだ。
ケーキは紫原が行きつけの店に頼み込み、黒子が段取りを決めて黄瀬が司会を務めた。
それぞれの出来ることをすべてやりきり、最高の式になったと誰もが思っていた。
ただ一人、青峰を除いては。

「んなこっぱずかしーことできるかよ!」

控室に響いた青峰の言葉に、一同は苦笑いを浮かべる。
真っ赤に火照ったその頬では、いつもの迫力は半減どころの話ではない。
式が始まってもその機嫌は直らなかったものの、親しい関係の者のみの式だったので誰もが照れ隠しだと理解し、微笑ましく見ていたのだった。

事件はその式を終えた途端に起こった。
招待客を見送った途端に、桃井の白いウエディングドレスが崩れ落ちた。
隣にいた青峰が咄嗟に支えたものの、痛みを訴え続ける桃井は尋常な様子ではない。

すぐに救急車を呼び、病院に担ぎ込まれた時には式の余韻など一ミリも残っていなかった。
さまざまな検査の結果をした後の医師の診断は、青峰の心に深く突き刺さった。

「子宮外妊娠です」

青峰の脳が揺れた。
咄嗟に避妊の確認を脳内で行ったが、心当たりはない。
といってもごく一般的な避妊具の効果は75%だとか聞いたこともあるのだから、絶対にないとは言い切れないのだが。
そんなことを考えている間にも、医者の話は続いていく。

「卵管に着床して破裂しています。すぐにでも切除しないと、奥さんの命が危険です」

『奥さんの命が危険です』
脳内にリフレインしているこの言葉が、今の青峰を作ったのだ。

結果から言うと手術は成功した。
そんなに難しい手術でもなければ、今後の妊娠にそこまで影響を与えるものでもない。
ただ無知な青峰にとって『妊娠で死ぬことがある』という事実はあまりの衝撃的だったのだ。

そして、そのまま現在に至ってしまった。




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