11/16の日記

17:45
お久しぶりです
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拍手やコメントをいただきましていつもありがとうございます。返信滞っておりますがすべて読ませていただいてます。励みになります。


夏に七六を一つ書こうとしていたのに、正気に戻ると全然七六ではなかった話です。
なにしろ考えたのが夏ですからなんでこの話を書き出したのかさっぱり覚えていないのです。困りました。

それにしても文章力がががががががが


ところで六郎兄さん逆行ものとかいいですよね。ちょっと器が広くなった兄さんと小さい七郎とか見たいです。兄さんがずっと本家にいたら七郎はもう少し詰めの甘い性格になるのかなーと思ったり、想像が膨らみます。

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17:26
小話「桜」
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夜の闇に桜が咲いている。

新たな土地神の気まぐれで、神木たる魍魎桜は季節外れの花を満開にしている。時には季節になっても沈黙を保つこともあるような老いた桜だ。地元ではちょっとしたニュースになり、昼間には桜目当てに訪れる参拝客がひしめいていた。狂い咲きの桜は魔だけではなく人も惹きつけるようだ。社会の規格から外れることを悪とする人々が、こうした異常には飛びつく。―――狂気とはどこか抗し難い魅力があるということなのかもしれない。

六郎は桜から目を下ろした。
時刻は深夜を回ろうとしている。とうに参拝客の姿などないが、ぼんやりとした灯りが残るだけの中、一向に帰ってこない扇家の客人―――伯母だけが一人立っている。丸まった小さな背中を精一杯伸ばし、満開の桜を一心に見上げている。
夜に女性がこの山にいることは今までありえないことだ。その「ありえないこと」を覆したのは弟の七郎で、それが果たして正しいことだったのかどうか、加担した身でありながら六郎は未だにはっきりと答えをだせないでいる。
弟のように女が好きなわけでもなく、そして彼女達の「長所」とやらを認めるには六郎はあまりにも男性本位の扇家の思想に染まっていた。そしてそれはたくさんの一族の男達にとっても、女達自身にとってもそうなのだろう。七郎が当主となった儀式の日以降、未だ積極的に山を訪れる女はいない。伯母の招待は七郎がそのような状況を憂いた結果だった。

「あら、六郎様」

ふと老婆は振り返り、皴だらけの顔を微笑ませた。
突然声を掛けられて六郎はたじろぐ。気配を消したつもりもないので気づかれもするだろうが、不思議とそういった事態を想像していなかった。つまり、ずっとガラスの向こうにいるようだった、無関係だった人間と会話することが。
動揺して返事もしない六郎に気分を害した様子もなく、彼女はにこやかに続けた。

「桜が美しく咲いておりますね」

伯母は微笑みを浮かべたまま、再び桜に視線を戻した。
狂気の桜を見つめるその横顔は、懐かしい友を見るような不釣合いなまでの穏やかさに満ちている。なぜそこまで穏やかなのか理解できず、六郎は眉間に皴が寄せる。
女人禁制である扇家の嫁は不遇だった。
しかし今、その顔にはいかなる苦しみの痕跡も見出すことはできなかった。ただ降り積もった時が皴となり、彼女自身の生き様を表すよう穏やかな形を作っていた。その達観した様子がひどく気に障った。

「憎かったか?」
「え?」
「お前の夫が。息子が。当主が。みな、お前を蔑ろにしていた。お前を扇家の一員だなんて認めちゃいなかった。求められるのは服従と沈黙と子どもを産む事だけ。そして最後までお前のもとに帰ることなく、桜に全てを捧げて死ぬ。見ろ、この桜を」

六郎は勢い良く顔を上げ、視線で満開の桜を指した。

「美しいだろう。この桜はお前から大切なものを取り上げることで美しく咲いているのだ」

怒りが湧く。これは誰に対するものか。
怒ればいい。六郎に、この桜に、怒りをぶつければ良いのだ。その怒りは正当なものだろう。全ては狂っていた。狂い咲きの桜。自分達はこの桜に無数の命を捧げてきた。一体それは何のためであったのか。
あのチャラチャラした弟だってそれを疑問に思わない日はないはずだ。だから七郎は良い変化がわかりやすく目の前に現れることを待っている。その中で手っ取り早いのが、女性の解放というわけなのだろう。そうやって弟は過去に対しても未来に対しても重荷を負い、それだけ罪が深いのだと自覚していく。

六郎は耳を塞ぎたくなった。お前にはあの哂い声が聞こえないのか。
ザワザワ、ザワザワ、ザワザワ、ザワザワザザザザザザザザザ……

枝と枝が擦れ不快な音を響かせる。耳鳴りのようなその音を六郎は目付きを鋭くし、意識を研ぐことで振り払う。
挑むように睨みつけられた伯母は困ったように微笑み、ゆっくりと一つ瞬きをしてから答えを紡いだ。



「扇家の男性はみな、儚のうございますから――――」






儚い。





六郎はその言葉を口の中で繰り返した。


ざあっと風が吹く。
薄い紅の花びらが雪のように舞い落ち、闇を撫でる。
老婆は優雅な仕草で手を伸ばした。花びらをそっと受け止めようとしたのだろう、しかし僅かな風に翻弄されるそれは、その手の平に一枚すら残ることはない。


「あなた方は、風に攫われてあっという間に散ってしまわれます。この桜のように」


「儚いものは美しい。その美しさを愛でることはあれど、憎むことなどございませんよ」



彼女は何も掴めなかった自らの手を見て、苦笑し、諦めたように握りこんだ。

桜が散っている。
風が吹く。枝が揺れ、ヴェールが降りたように薄紅が舞う。
六郎は信じられないものを見るように花弁の向こうの伯母を見つめた。
異能者の中でも強大な力と権力を持つ風使いの男達が儚い。そんな馬鹿な、と思いはしても、伯母の瞳は澄み切っていて反論することさえ思いつかない。
父も。兄も。弟も。そして自分も。皆、一瞬の盛りを誇るだけの桜。
あれだけ苦しみ、同時に苦しみを与えながら生死の中を渡り歩いてきたというのに、それがそれだけの表現で終わってしまうのだろうか。
起こった出来事を枠に押し込めて語ることは歴史を眺める者の傲慢だと思う。その中には無視できない、忘れられないことがたくさんある。決して行間の間に埋もれてしまってはならないものが、たくさんたくさんたくさん……。
いつもなら認めることができないだろう。
それでも今だけはそうしても良いのではないかと思った。弱く、愚かであったことをただ美しいと思うことが。

ふと思う。
繭香もまた咲いては散る扇の男達を愛でていたのだろう。
六郎は自分の母親を想った。そして祖母を思った。見たことのない彼女達が目の前の老婆に全て重なる気がした。

愚かで傲慢な扇の男達を愛で、そして悼む、名前のない「扇の女」たち――――。

「差し出がましい口を利きました、お許しください」
「……別に、いい。訊いたのは俺だ。ただ」
「ただ?」
「ただ……お前たちの眼には兄達もそのように見えていたというなら、あの狂って死んだ可哀相な人達があの桜のようだったというなら……救われるものもある。そう思っただけだ」

伯母は悲しげに微笑み、六郎はただただ桜を見つめた。
嘲り笑う狂気の花は、いまや優しく包み込む弔いの花へとその姿を変えていた。



「……冷えて参りましたね」
「山の上だからな。こんな時間まで飽きずに良く眺めていたものだ」
「ええ、なんだか目を逸らすのがとても惜しくて。次に機会があるかもわかりませんし」

躊躇いがちに紡がれる言葉を聞いて、好きな時に来れば良いという七郎の言葉が、やはり伯母には届いてはいないようだとわかった。

「いつだって此処に来ていいと当主が言ったんだ。また見にくればいいだろう。―――扇家の桜はいつもここにある」

一瞬驚いたような表情をした後、まあ、と伯母は破顔した。
その笑顔に自分が柄でもない事を言ってしまったと気がついて、六郎は顔を思い切りしかめた。頬に血が昇っているのがわかる。

「随分仏頂面をした桜でございますね」
「どんな風に咲こうが桜は桜だ。文句があるか」

伯母は少女のようにコロコロと笑い、答える。
それは不思議なほどの確信がこもった声だった。

「いいえ、とんでもない。どのように咲き、散っても―――ずっと愛していますよ」

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